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けっこう周りを引っ張る存在でした。

少年時代を振り返り、笑顔でこう語る。
現在、U-20日本代表の中心選手にして、柏レイソルでもDFのレギュラーとしてチームを引っ張る中山選手。
その才能はいかにして磨かれてきたのか。

「8歳上の姉と10歳上の兄がいて、その影響でサッカーを始めました。
小学生になってからは少年団に入ったんですけど、いつもお兄ちゃんたちとやっていたので、同学年が相手だとちょっともの足りなかった。
自分よりもうまい人とやることで自然とどうやれば勝てるのかを考えるようになりましたね。」

小学生の時には早くもプロに進みたいという思いが芽生えた。
物心ついたときにはすでにJリーグが存在し、プロになるための道筋は見えやすかったといえるだろう。

そのプレー振りがスカウトの目に留まり、レイソルの下部組織に入団したのは中学3年のこと。
レベルの高いところでいち早くサッカーをやりたい。前途は洋々に思えた…。
「でも、足首をケガして。中3の時はほぼサッカーをやっていません」

ケガの程度は重傷だった。ただの捻挫ではなく、踵骨の一部が剥離。
医師からは治ると言われたが、「世界でも4例目の珍しい症例」と告げられショックを受けた。

完治までに要した期間は1年余り。
端から見れば停滞にも思われるが、ここがまさにターニングポイントだったと振り返る。
「またサッカーができる喜びだったり、ボールを蹴れるうれしさ。そこでいっそう高まったことは間違いないです。
だから今、多少苦しいことがあっても平気というか、走りながら自然と笑っていることもあります」

クラブ名のレイ(王)ソル(太陽)を体現するかのごとく、周りを輝かせるプレーが真骨頂だ。
少年の頃とポジションは変わり、点獲り屋はシュートを跳ね返すDFになった。こうした変化をどう捉えているのだろう。
これからサッカー選手を目指す子どもたちへのメッセージについても聞いてみた。
「今は黒子。黒子に徹してます。点が入って振り返ってみると、攻撃の起点に中山のパスがあった、みたいな。
でも、基本めだちたがりなので、心の中ではまだひそかに自分が主役になりたいと思ってる(笑)。
僕の体験から言えることは、うまくなるには自分を信じ抜くこと。やっぱりうまい人とやるのが一番の近道です。」

将来の目標は、世界で活躍する選手になること。それを実現させるために、より強い相手との勝負を日々求め続けている。

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中山 雄太(なかやま ゆうた、1997年2月16日 )
茨城県龍ケ崎市出身のプロサッカー選手。
・Jリーグ・柏レイソル所属 / U-20日本代表。
・ポジション:ディフェンダー、ミッドフィールダー。
着用アイテム(DS LIGHT® X-FLY® 3)

<日本代表出場>
2016年:U-19日本代表
2015年:U-18日本代表
2014年:U-17日本代表
2013年:U-17日本代表
2013年:U-16日本代表


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