ゴルフやマラソンなど、メンタルスポーツと呼ばれる競技は多々あるが、フィジカルやテクニックのみならず、高い集中力と強靭な精神力も求められるテニスは、その最たるものだろう。過酷な戦いのなかでメンタルをコントロールし続けるのは、トッププレーヤーですら難しい。コートのなかで、ときに苛立ちを露わにし、声をあげ、呆然とした表情で立ち尽くす…そんな選手たちの姿をテニスのテレビ中継などで見たことのある人は多いだろう。そして、何時間と苦しい時間が続こうとも、勝敗がつくまでは戦いが終わることはない。
激しい戦いのなか、彼らは何を考え、気持ちをどのように制御していくのか。リオデジャネイロ2016オリンピック男子ダブルスの銅メダリストであるスティーブ・ジョンソン選手が、自身のメンタルコントロール術について語ってくれた。

プレーはアグレッシブに、メンタルは常に冷静でいたい

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アメリカ・カリフォルニア州でテニスコーチの父の元に生まれたスティーブ・ジョンソン選手が、本格的にテニスを始めたのは17歳の頃。子ども時代は、アメリカを代表するトッププレーヤーたちがジョンソン選手の憧れだった。

「アメリカで育った僕にとって、彼らはまさにアイドルでした。なかでも、ジョコビッチは実際に対戦をして、本当にタフなメンタルだと感じました。彼らが10年、15年とトップに立ち続けていられるのは、あのメンタリティも関係しているでしょう」

――では自身のメンタルは強いと思う?

そう問いかけると、視線を落とし「ときどきだね」と呟いた。
実はこのインタビューの前日に行われた楽天オープンで、ジョンソン選手は内山靖崇選手にストレート負けを喫していた。

「今回、日本人選手と対戦して、観客は自国の選手に勝ってほしいと思っていたと思うし、その気持ちはもちろん理解しています。だけどそれを感じさせないぐらいフェアに応援してくれて、楽しくプレーができたと思う」とレースを振り返った。それでもレースはやはり過酷だ。そんななかでジョンソン選手はいかにメンタルをコントロールしているのか。

「試合開始の5~10分前になったら、そのマッチで自分が何を成し遂げたいのかをしっかりと頭に叩き込む。そして試合に入るときは気持ちを落ち着かせて、リラックスしてコートに入るようにしています。もちろん自分を奮い立たせることもあるけれど、気持ちの振れ幅が大きいと無駄なエネルギーを使ってしまうし、試合にはできるだけストレスを抱えずに臨みたいと思っているんです」

トップアスリートのなかには、メディテーションを行ったり、メンタルトレーナーをつけたりする選手も多いが、あくまでも自然体で臨むのがジョンソン選手のスタイルだ。 そしてその状態はゲームが始まってからも変わらない。身体能力を生かし、サーブとフォアハンドを積極的に使って前へ前へと攻め込むアグレッシブなプレーが持ち味だが、気持ちは常に沈着さを心がけている。

「試合が始まればプランどおりにいくときもあれば、いかないときもある。大事なのは、自分でコントロールできることに集中すること。テニスの場合、ネットの反対側はコントロールできません。だからこそ、うまくいっていること、いっていないことを判断してメンタルを整えていく。辛い局面になったときは深呼吸をして、ネガティブな感情を排除して、コントロールできることにだけフォーカスをしていくんです。たとえば、タオルで汗を拭う数秒間は、考えをまとめる時間になっているし、毎回、20秒のポイント間では、直前のミスや悪かったところをしっかりと忘れて、新たな気持ちで次のポイントを取りに行く。そうやって良い流れを自分に引き寄せるんです」

プロセスの積み重ねがメンタルを強くしてくれる

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ジョンソン選手が気持ちの拠りどころとして大事にしているのがプロセスだ。経験、キャリア、練習…。コートに立つまでのプロセスで、どれだけ自分が努力をし続けてきたか、その積み重ねが、最終的には試合での自信へつながっていく。

「若い頃はどうしても勝敗にフォーカスしてしまいますが、アスリートとして長くプレーするためには、自分が成長していくプロセスも大事にしてほしいですね。しっかりと練習を積み重ねることや、多くの試合を戦うことで、長時間集中力を保っていられるようになるし、きちんと自分にフォーカスできるようにもなる。もちろん長くプレーをしていれば、練習が辛くなったり、スランプに陥ったりすることもあるでしょう。でもそういうときこそ一歩引いて“今の自分には何が重要なのか”を洗い出すことが必要です。誰にでも良い日もあれば、悪い日もある。でも悪い日よりも良い日が少しでも上まわるようになれば良い」

メンタルを支えるもうひとつの要素がギアだ。道具への信頼は、大きな安心感を与えてくれる。プロとしてのキャリアをスタートさせた時から、ジョンソン選手はアシックスのシューズとウエアで試合に臨んでいる。

「僕が重視しているのは、フィット感やフィーリングが快適で、気持ちよく身に付けられるかどうか。シューズに不安を持たずに試合に臨めるというのは、心配する要素がひとつ減るということ。アグレッシブに戦っていると、数試合でシューズが摩耗してしまって、交換せざるを得ないこともあります。だけどアシックスのシューズは箱から取り出したばかりの新品でも、10分~15分ウオームアップで流せば、そのまま試合に臨むことができる。これは心強いですね」

強くなりたければ、楽しむことを忘れてはいけない

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テニスプレーヤーのシーズンは約10ヵ月と長い。今期もまもなくオフを迎え、世界各地を巡る日々からも束の間、解放される。「長くプレーをしていれば慣れてきますよ。それぞれの土地の楽しいことや、自分が余裕を感じられるものを探すのも、その街でリラックスするひとつの方法ですね」と穏やかに話すが、長期間、気持ちを維持し続けていくのは並大抵のことではない。

「どの大会でも、どのマッチにおいてもハードなメンタルが求められるけれど、僕はそれがテニスの素晴らしさだと思っているんです。もちろん辛いこともありますが、それでも僕は今もテニスが楽しいし、パッションを持って競技に取り組めている。だから“強くなりたい”、“プロになりたい”と言う若いテニスプレーヤーには、とにかく楽しんでくれと言いたいですね。私自身、親の影響で幼少時代からテニスをやってきましたが、やらされていると感じたことは一度もありませんでした。常に楽しんでテニスに取り組んで、そしていつかプロになると言う目標が見えてきたら、そこからは自分が努力をして、さらに上を目指せば良い。それまではとにかくハッピーなメンタルで、テニスを楽しんでほしいですね」

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Steve Johnson(スティーブ・ジョンソン)
1989年生まれ。テニスプレーヤーの父の元に生まれ、2歳でテニスをはじめる。南カリフォルニア大学在学中はNCAAで4度のチーム優勝、2度のシングルス王者に輝き、圧倒的な強さを誇った。大学卒業後の2012年にプロ転向。2017年、2018年は米男子クレーコート選手権で連覇を達成している。

Photo:Tetsuya Fujimaki
TEXT:Junko Hayashida(MO'O)
Interpreter:Ryo Shinkawa