東京2020パラリンピック競技大会の開催まであと少し。ニュースなどでも目にする機会が増え、日本国内のパラリンピックスポーツへの関心が高まっています。でも、ルールがわからない、どうやって楽しめば良いのだろう?という人も多いかもしれません。大会を楽しむための基礎知識と初めての観戦で最大限に楽しむポイントを、日本のパラ陸上競技の第一人者であり、北京2008パラリンピック、リオ2016パラリンピックで銀メダルを獲得した、山本篤選手に教えてもらいました。

パラリンピックの基礎知識「クラス分け」とは

――パラリンピックの「クラス分け=クラシフィケーション」とはどういうものなのでしょうか。
それぞれの障がいによって運動レベルに差があります。競い合うにあたり、障がいによる差を極力減らすため、同じような種類や程度の障がいを持っている選手たちで勝負をしようというのがクラス分けの目的の一つです。
つまり、視覚障がい者や車椅子の選手と、僕は一緒に走ることはありません。障がいにもさまざまな種類や程度があります。たとえば、視覚障がい者には視覚障がい者だけのクラスがあります。その中で全く見えていない選手、結構見えていない選手、ちょっと見えている選手といったようにクラスが分かれています。

 

――「クラス分け」は、それぞれが持つ障がいの種類や程度の確認と、出場できる種目のグループを分ける判定の2つがあるんですね。
そうですね、「障がいの程度」と「出場種目」でそれぞれ分けられます。僕はT63という障がいクラスの選手として走り幅跳びに出場するのですが、一緒に戦うのはひざの関節がない選手たちです。両方のふとももを切断した義足の選手(T61)、脚があってもひざ関節の機能がない選手(T42)などが該当します。筋肉がない、あるいは伸びたままという選手も同じ種目にいます。
「障がいが軽い」という理由ではなく、同程度の障がいのある選手同士で競い合うことができるようにグループを作るということですね。

 

――クラス分けは全競技にあるのでしょうか。
スポーツによって必要な身体の機能や技術は違うので、陸上、水泳、自転車と、競技ごとにそれぞれクラス分けがあります。「この競技で、世界で戦いたい!」と考えた時、僕たちはまず初めにその競技の国際的なクラス分けを受けなければ、その競技の大会には出られません。

世界へ挑戦するための国際基準

世界へ挑戦するための国際基準

――国際的な基準というのがあるのですね。
それがパラリンピックの世界です。日本国内独自のクラス分け規則はありますが、日本のクラス分けしか持っていない選手は、パラリンピックに出ることはできません。国際障碍者団体による国際基準のクラス分けが日本で行われることもありますが、稀なケースです。まずは、クラス分けを実施している国際大会に出る必要があります。

 

――大会の際にクラス分けが行われるのですか?
大会前にクラス分けがあります。国際大会に行き、まずクラス分けの仮判定を受けます。その後、該当クラスの大会に出て、初めてクラス分けを持つことができます。大会前の判定だけでは不十分なんです。大会に出て、全力で競技しているのを観察して、やっとクラスが決まります。

 

――クラス分けは、誰がどのように行うのでしょうか。
クラス分け委員(クラシファイヤー)という資格を持った人達がいるんです。クラシファイヤーによってクラス分けされますが、もし不服があれば抗議もできます。抗議をすると、他の委員がもう一度見ることもあります。
僕たちみたいに脚のないケースは誰が見てもわかりやすい障がいなので、あまり抗議が出ることはないですが、たとえば、目の障がいなどクラスの狭間にいる選手は難しいですよね。視覚に障がいがあることを示す10番台の選手のなかでも、13と12の「両方見えているけども、その瀬戸際はどこなのか?」という部分ですね。たぶん、グレーゾーンはあると思うんです。他の障がいでもあるはずです。ギリギリのラインにいる選手は、クラスがどうなるかということが重要になる事もありますね。クラスによって自分の能力を活かせるか。順位を左右するライバルももちろんいますよね。

 

(以下、JPAのWEBより引用)
クラス分け3つのプロセス
1)身体機能評価:問診や筋カ、関節可動域、バランスなどの各種検査を実施。参加資格の有無を判定する。
2)技術評価:大会前に競技試技を行い選手のパフォーマンスや競技スキルを評価。適切なグループ(参加クラス)を割り当てる。
3)競技観察:クラス分けを実施した大会の最初の出場種目を観察し、上記1)2)で判断した参加クラスが適切であるかを確認する。

 

――山本選手は陸上のさまざまな種目に挑戦されていますが、何種目までという決まりはないのでしょうか。
パラリンピックには、基本的に参加種目数の制限はありません。競技や種目によって出ることができるクラスは決まっています。車椅子のT54というクラスは、100mはあるけど200mはなく、400mはある。そのクラスには「ない種目」があるんです。僕たちT63のクラスも、100mはあるけど200mはありません。ですが、走幅跳や走高跳、砲丸投げなどはあります。このように、クラスによって、出られる種目が限られています。もし僕が長距離をやろうとしても、T63の種目として存在しないので、パラリンピックのマラソンには出られないですね。

 

――山本選手はスノーボード競技で冬季パラリンピックにも出られていますが、種目だけでなく色んな競技にも出られるのでしょうか。
標準記録を切ることさえできれば、どの競技に出ても大丈夫なはずです。とはいえ、標準記録という高いハードルがあるので、ある程度競技レベルが高くなければ出られないですね。

 

――いくつもの種目や競技にでると、多種目・多競技で複数のメダルを取得できるということですよね。
そうですね。いくつもの種目に出れば、多種目で複数のメダルを取得できるということになります。車椅子のマラソンに出て、ハンドサイクルの自転車競技に出るなど、異なる競技に出場するパラリンピアンもいます。稀ですが、両方の競技で金メダルを取るアスリートもいます。

 

――ということは…それぞれの競技の国際大会に出て、それぞれのクラス分けを受けて挑戦されているんですね。
そうです。さらに、それぞれの競技の標準記録も突破している。僕たちのクラスでは、ロンドン2012パラリンピックの時に水泳で銀メダルを取って、陸上の200mでも上位だった選手がいました。日本人はまだおそらくいないのではないでしょうか。土田 和歌子さんは、トライアスロンとマラソンの両方に出場することを目指しているみたいですが、和歌子さんだったら可能性があると思います。パラリンピックの陸上競技で車椅子アスリートとして複数のメダルを取っている人ですから。

パラリンピックスポーツのルールとレギュレーション

パラリンピックスポーツのルールとレギュレーション
山本選手が使用している義足。義足に関しても細かなレギュレーションが存在し、レギュレーションで決められた範囲内で、各選手が工夫をして戦っているという。

――パラリンピックの陸上競技において、それぞれの種目のルールはパラリンピックスポーツ独自のものなのでしょうか。
健常者にも同じ種目がある場合、同じルールでやれるものはやる。でも、少し配慮が必要なものはルール改正をするという形で成り立っています。僕の出る100mは、スターティングブロックを使っても使わなくてもいいんですよ。なぜかというと、全員がクラウチングスタートで出られるわけではないからです。スタンディングでもいいし、3点スタートでもいい。スタートの仕方は自由でいいというルールになっています。
たとえばわかりやすいのは、視覚障がい者のクラスのなかでも、全盲または全盲に近い11・12クラスの選手が出場する種目ですね。11・12クラスの走幅跳びでは、1mの踏み切り位置があります。そこのどこから踏み切ってもいいのです。踏み切った位置から距離を測る。目が見えないことで踏切板に合わせにくいため、そこは配慮しましょうという捉え方ですね。
同じように、車椅子そのものにも、義足にもレギュレーションがあります。義足は、両足がない場合は義足で脚を長くできてしまうため、人間の平均的な手の幅や座高から算出して身長を決め、その高さまでの長さにするというルールがあります。

 

――どんな義足を使うのか、ということも工夫しているのでしょうか。
義足に関しては、基本的に市販されているもの、誰でも購入できるものというルールがあります。みんなに驚かれるんですよ。市販されているものといっても、硬さは1~9くらいまであり、自分で選ぶことができます。あとは自分の長さにカットするという感じですね。細かい部品を選ぶなどのカスタマイズの可能性はありますが、基本的には既製品です。

 

――既製品の義足も時代に合せてどんどん新しい進化がありそうですね。
進化はありますね。ルールも変化しています。以前はどんな義足を使っているかということは特に報告義務がなかったですが、今はどの義足を使うかという事前登録しなければなりません。かつて話題になった競泳水着のように、規制がなかった時は使えたけれど今は使えなくなったというようなこともあります。義足が進化していくと共に、既製品であることや事前登録制必須など遅れてルールも整備されました。しばらくは今のルールで変わらないかなと思います。

好きな選手を見つけ、障がいやモノを活かして競う面白さを楽しんで

――パラリンピックスポーツを知るきっかけとして東京でパラリンピックが実際に観戦できるというのは良いですね。
パラリンピックは、世界各国のトップレベルの選手ばかりが参加しますから、初めて観る人でも、とても楽しめると思います。
国内の大会だと、競技を始めたばかりの選手と競技歴の長い選手が同じフィールドで戦うため、選手のレベルに差があり過ぎて、面白さが見えにくくなることもありますが、パラリンピックとなるとそのようなケースは稀でしょうね。

 

――パラリンピックスポーツならではの面白さや観戦を楽しむポイントはあるのでしょうか。
やっぱり、「モノ」じゃないでしょうか。義足や義手、車椅子など色々とあります。
僕の場合は、義足を走り幅跳び用と、走る用で使い分けています。走っている時にかかる力と幅跳びの時にかかる力の大きさは違います。走る時は「スピードを出したい」、幅跳びなら「上前方に飛びたい」というのが各競技でクリアしたいポイントなんです。そんなとき、義足をどう上手く扱うのか、義足の反発をどう利用するのかというところが一番見ていて楽しいところだと思っています。

あとは、モノだけでなく、障がいを持ちながら、それを選手やサポートの人々が、それをどう最大限に活かして戦っているかというところも見どころだと思います。たとえば、陸上競技では、伴走者と2人同時にクラウチングスタートする選手もいます。伴走者も能力が高く、選手よりも速くなければ合わせられないので、相当大変だと思います。また、脳性麻痺の選手は1人で走りますが、障がいをうまく利用して競い合います。

 

――今回、初めてパラリンピックスポーツを見る人は、どういう部分に注目すると良いでしょうか。
陸上競技であれば、「速さ」「遠くに飛べる」「高く飛べる」「遠くに投げる」など、陸上競技そのものの魅力を楽しんでもらえたらいいなと思います。単純ですが、パラリンピックもまたそのスポーツのおもしろさが、楽しむポイントだと思います。
あとは、やっぱり好きな選手や知っている選手がいれば、楽しみ方が変わりますから、どの競技でも、好きな選手をぜひ見つけて欲しいですね。自分自身が昔やっていた競技や種目、あるいは今やっているスポーツの選手でもいいし、自分が観戦していて楽しいなと思える競技や種目の選手でもいい。義足がかっこいいから、日本人で義足の選手だったら誰がいるかなとか、海外の強い選手は誰がいるかなということでもいいと思うんですよね。

最高のパフォーマンスで、観客のみなさんと盛り上がりたい

――東京2020パラリンピックに向けて、パフォーマンスアップのために力を入れていることは何でしょうか。
今、一番力を入れているのはスピードですね。走り幅跳びをより遠くに飛ぶためには、助走のスピードがないと遠くに飛べないのですが、去年あまりスピードが出せなかったんです。調子の良いタイミングがあったんですが、それをうまく試合で出せなかった。だからまずはスピードをつけることですね。

 

――ずばり、目標は?
自分の競技で最高のパフォーマンスをして、たくさんのお客さんと走幅跳で盛り上がりたい!と思っています。応援はやっぱり、すごく力になります。走幅跳の醍醐味は競技の際、観客は手拍子ができることなので、みなさんと一緒に手拍子をして盛り上がって欲しいですね。

 

――最後に、普及活動とパラリンピックスポーツへの想いをお聞かせください
義足でも色んなことができるんだということを、たくさんの人に知ってもらいたいですね。やっぱり脚がなくなるって結構ネガティブなイメージが強いんです。でも、僕が色んなところに出ていくことによって、義足になった人たちが、脚がなくても自分の気持ち次第で色んなことができるということを知ってもらえれば、そのネガティブな話が少しポジティブに向いていくと思うんです。
ランニングクリニックでは、色んな人と「走れるようになる」という体験をしてもらうイベントもやっています。競技用の義足をつければ、誰でも走るようになれるんです。そういう成功体験をして、さらに自分がもっと楽しみたい趣味に変換してもらえたら嬉しいですね。

 

山本 篤(やまもと あつし)
1982年静岡県生まれ。小学校では野球チームに入り、中学、高校ではバレー部に所属。高校2年の春休みに起こしたバイク事故により、左足の大腿部を切断。高校卒業後に進学した義肢装具士になるための専門学校で競技用義足に出合い、パラ陸上競技選手としてのキャリアをスタート。
初めて出場した2008年の北京2008パラリンピックにおいて陸上競技男子走幅跳で銀メダルを獲得。以降、パラリンピックには3大会連続出場。また、2016年5月には当時の世界記録を更新。パラリンピックや世界選手権・アジア大会で、走幅跳、100mリレー、100mなどさまざまな種目でメダルを獲得。昨年11月の世界陸上選手権の走り幅跳び(義足T63)にて銅メダルを獲得し、日本パラ陸上競技連盟より東京2020パラリンピックに代表内定。

Text:Emma Nakajima
Photo:Tetsuya Fujimaki

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