ランニングシューズは進化している。もしかすると、私たちの走りを、変えてしまうほどの著しい進化だ。アシックスの開発者に、先進的な技術がシューズをどう変えたのかを聞いた。取材に応じてくれたのは石指智規さん(右/アシックスパフォーマンスランニングフットウェア統括部開発部)。 

 なんなんだ、この靴は……?

 今年の春、アシックスが発表した新しいランニングシューズ「メタライド」を試したときの率直な感想だ。モーターボートの舳先のように反り上がった前足部の形にも驚いたが、実際に履いてみると、最初はどうやって走ればいいのかよく分からなかった。普段どおりミッドフットで着地すると、どうにも感触が硬い。しばらく試行錯誤するうちに、踵から着地するとスムースに“乗れる”ことが分かってきた。

アシックスの技術が詰まった「メタライド」。一度は試したい優れモノだ

 着地後は、靴の動きに任せて前に転がるように乗り込む。キックはせずに自然に地面を離せば、靴が振り子のように前に出てくるので、そのまま着地する。いったんコツがつかめると、独特の乗り味がおもしろくなってきた。ランニングシューズを履き慣らすというよりも、新しい乗りものに乗っているような感覚だ。「こう走ってほしい」と語りかけてくる、明確な意思を持ったシューズというのも珍しい。

 そのメタライドの機能を受け継いだファミリーモデル「グライドライド」が発売されると聞き、さっそく取材に向かった。

 両モデルの開発担当を務める石指智規さんによれば、そもそもメタライドは「これまでアシックスが培ってきた知見にとらわれず、ゼロベースで新しいものを作ろう」ということから始まったのだという。デザイナーやISS(アシックススポーツ工学研究所)のメンバーと議論を繰り返す一方、社内のランナーにヒアリングをする中でヒントが見つかった。

「『おいしいものをいっぱい食べたいから走っているんだ』『とにかく長く走りたい』という人がいたんです。レースやタイムとは別に、そういうランナーの欲求を満たすシューズはできないかと考えて、コンセプトを固めていきました」

 ブレークスルーとなったのは、デザイナーから出た「転がる」というキーワードだ。長く走るためには、ランニングエコノミー(走行効率)を上げることが必要。もし足が車輪のように転がることができれば、これほど効率がいいことはない。そこで、さまざまな構造を試した結果、「ガイドソール」と呼ばれる新たなテクノロジーが生みだされた。弓形のソール形状と二層構造のミッドソールによって転がる動きを実現。足首の屈曲を減らし、筋肉の負荷を下げることで、エネルギー消費を抑えることに成功したのである。だが、冒頭に書いたように、ランナーによってはこのガイドソールに違和感や硬さを感じることもある。はたして、新作グライドライドではそこがどう変わったのか? 興味津々で試し履きをすることになった。

 手に持った瞬間、まず感じたのは軽さだ。レーシングシューズほどではないが、メタライドよりも軽量化され、足を入れてみたときの軽快感が明らかに違う。実際に走ってみると、クッションと柔らかさが増しているのも感じる。いい意味で、普通のシューズに近い印象だ。

「グライドライドでは、より多くの人に履いてもらいたいと考えて、接地時の自然な感覚を追求しました。ただ、あまりソールを柔らかくすると、グニャッと変形してしまって転がる機能が維持できません。その両立が開発のテーマでした」

 そこでミッドソールの硬度を少し下げて柔らかさを出しつつ、ハードEVAという素材を前足部に加えて、ガイドソールの性能を維持。さらに、ヒールの高さを0ミリから5ミリにし、メタライドよりも爪先反り上がりの開始位置を若干前にずらすなど、普通のシューズに近い方向へ歩み寄る微調整が行われた。その結果、グライドライドは、メタライド譲りの走行効率と、柔らかく自然な履き心地を併せもつことになった。

「厚底」でありながら、グライドライドは良い意味で「普通」の履き心地

 メタライドは高価な素材と難しい製法を採用しているため、どうしてもコストがかかり、価格は2万7000円(税別)となっているが、その分高い走行効率を実現している。一方、グライドライドは素材や製法を変えることで、1万6000円という価格に抑えている。履き心地の面だけでなく、価格面でも普通のシューズに近づいた格好だ。分かりやすくいうと、より高性能のフルスペック版がメタライド、基本性能を維持しながら、乗り味をマイルドにした普及版がグライドライドということになるだろうか。

 石指さんによれば、両モデルともレース志向というよりは、ライフスタイルとして日々のジョギングを楽しむランナーをターゲットとして開発したモデルだという。ただ、個人的にはグライドライドは、フルマラソンやウルトラに向けて距離を踏むときのトレーニングにも向いていると感じた。実際、テストランナーによる評価も上々だという。

「メタライドでは『30から先で足への負担の少なさを感じる』『慣れてくるとコロンコロンと転がる感覚が癖になる』という意見をよく聞きました。でも、グライドライドでは『履いた瞬間から感触がいい』と言う人が多いですね。ぜひいちど店頭で手に取ってみてください。履いてもらえば、必ず『オッ』と思ってもらえるはずです」

 スポーツの世界では、道具の進化が競技の常識を根底から変えることがある。たとえば、カービングスキーの登場でスキーの乗り方は一変したが、それと同じような変化が、いまランニングシューズの世界でも起きているように見える。それぐらい最近のテクノロジーと素材の進化は著しい。

 個人的にはこれまでシューズ選びに関して保守的なほうだったが、最近は積極的に新しいモデルを試すようにしている。そのほうが練習のモチベーションが高まるし、靴に応じて走り方を変えることで気づくことも多いからだ。この秋のマラソンシーズンはグライドライドに乗って、ランニングエコノミーを追求してみたいと思う。

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メタライドの機能を受け継ぐ、走行効率の良いシューズ。走りやすさ・快適さを追求した最新モデルで軽さも魅力。メンズ3色(25.5㎝~29.0㎝、30.0㎝、31.0㎝、32.0㎝)、ウィメンズ3色(23.0㎝~26.5㎝)がある。¥16,000+税

TEXT: Kan Yanagibashi
PHOTO: Shigeki Yamamoto/Number

NumberDO 2019年10月発売号より転載