日本人の足に合わせ、1983年に生まれたアシックスの「ターサー」。ランニングシューズ最高峰の「ターサー」シリーズの開発者に、サブ3.5ランナーでもあるライターがあれこれ聞いちゃいます。

ターサーといえば、市民ランナーにとって「速さ」の象徴。履きこなすには、相応の走力が必要だと言われ、ちょっと敷居が高いところもある。それでも、いちど履き始めたランナーの多くはターサーの虜になり、こだわって使い続ける。筆者もそんなランナーのひとりだ。

初代ターサーがデビューしたのは1983年。以来、35年にわたってランナーの足を支えてきたことになる。移り変わりの激しいランニングシューズの世界で、これほど息の長いモデルもない。なぜターサーはランナーを惹きつけるのか? 速さの秘密はどこにあるのか? 神戸のアシックス本社を訪ね、開発者の上福元史隆さんに話を聞いてみることにした。

ターサーシリーズ
35年でターサーは確実に進化を遂げてきた。

ターサーを履きこなすには

上福元さんがターサーの開発担当者となったのは2006年のこと。すでにターサーが不動の地位を築いていた時期だった。

「すでに完成されたシューズだったので、担当になった当初は、自分にできることがこれ以上あるのかという感じでした。歴代の担当者のところをまわって、それぞれのモデルをどういうふうに開発していったかを聞くことから始めたんですけど、ターサーを作ってきた人って熱量がすごいんですよね。変えなければいけないんですけど、変えてはいけないとも言われる。社内でもちょっと特殊なシューズで、そこを理解するまでが大変でした」

たとえば、フラッグシップモデルであるターサージャパンは2000年の発売以来、まったく変わっていないように見える。だが、じつは細かな改良がたえず加えられているのだという。そのひとつが、デュオソールという靴底についている粒々の素材だ。これが地面を噛んでグリップ力を生み出すのだが、上福元さんはその形状に工夫を加えてきた。

「以前は形状が小さく削れやすかったので、僕が担当になってから耐久性重視で丸く大きな形状に変えました。でも、そのあとユーザーに話を聞くと、今度はちょっと滑りやすくなったと言われました。そこで耐久性とグリップ性を両立させようと試行錯誤した結果、いまのテトラポッドのような形になったんです」

秘伝のタレのようなラスト。

一方で、一貫して変わらないのがラスト(靴型)だ。

「弊社にはラスト専門のチームがあって、すべてのシューズに関して、代々のラストの家系図みたいなものを作ってあるんです。時代ごとに人間の足の形は変わっていきますから、たえずお客様の足形をとっているんですが、最近の日本人の足は確実に細くなっていますね。それに合わせて、ターサージールのほうはややタイトな作りになっていますが、ジャパンのラストは初代からずっと変えていません」

アシックスのシューズに共通して感じる「足入れ感のよさ」は、この秘伝のタレのようなラストに秘密があるのかもしれない。

ターサー
シュータンを固定するパーツが中央ではなく外側にずらしてあるのもアシックスならでは。

「叩く、粘る、溜める、跳ぶ」

上福元さんが社内外のさまざまなターサーユーザーに話を聞く中で、浮かび上がってきたキーワードが、「叩く、粘る、溜める、跳ぶ」といった表現だった。

「僕もヒアリングをして初めて分かったんですけど、前足部の小趾側から着地して、ソールをグッと曲げながら母趾球のほうに体重移動していくときに、一瞬溜めるらしいんですよ。そして、キックするときにソールを地面から離すと、ポンッと跳ぶ。一連の動きにストーリーがあるんですね。他のシューズにはない、そういった感覚を紐解いていくことで、ターサーらしさというものが見えてきました」

それを受けて、ジールではミッドソールの構造や、トラスティック(ソールの中足部を支えるパーツ)の改良を続け、スピード化を進めてきた。

「速く走れるぶん、走力がないと10㎞ぐらいで疲れてくるんですよね。僕自身がまさにそうで、率直に言うと、人を選ぶシューズという面はあると思います。あるショップの店員さんは、『俺についてこいシューズ』と言っていました(笑)」

でも、それゆえに「ターサーを履けるようになる」というのが、ランナーにとってはいい目標にもなる。いったいどれぐらいの走力があれば、ターサーを履きこなせるようになるのだろうか?

日本人の足と走りに合わせて。

「タイムでいうと、サブ 3.5がひとつのターゲットになりますね。ジャパンのほうはサブ4ぐらいでも行けるかもしれません。とくにこういう走法がいいというのは謳っていないんですが、走力がある方には着地からキックまでのライド感を楽しんでいただきたいですね。そうすれば、よりスムーズに足とシューズが一体化する感覚を味わえると思います」

たしかに、ほかのシューズを履いたあとにターサーを履くと、足が前に進む感覚と、チャッチャッチャッというデュオソールが地面をふむ音とが相まって、「これ、これ、この感覚だよな」と感じる。いちどターサーを履くとやめられなくなる秘密は、このライド感にあるのかもしれない。

ランニングシューズを選ぶときの悩みのひとつが、気に入っていたモデルがすぐに変わってしまったり、廃番になったりすること。その点、ターサーには変わらないよさ、いや、進化しているのだが、変わらないと感じさせるよさがある。だから、安心して履き続けられる。

「我々はたえずランナーに寄り添い、日本人の足と走りに合わせたチューニングを続けています。時代に合わせて変えながらも、ターサーがターサーであることは変わらない。そんなシューズだと思っています」

裸足感覚シューズが流行ったかと思えば、厚底ブームが来るなど、トレンドが大きく揺れ動く中で、ターサーだけはブレることがない。これからも、我々迷えるランナーを導く北極星のような存在であってほしいと思う。

シリアスランナーの走りに応えるフラグシップモデル「TARTHER」シリーズはこちら

TEXT:柳橋閑
PHOTO:三宅史郎
NumberDO2018年10月発売号より転載