ラグビー元日本代表、小野澤選手が「リーダーシップ」をテーマに講演

2018年12月2日(日)、立命館大学体育会に所属するすべての部活動を対象に「リーキャン(リーダーズ・キャンプ)」が開催されました。これは各部の主将・主務・マネージャーが出席し、リーダーシップを学ぶというもの。学生たちは2日間にわたるプログラムを通じて、「目標達成のためにチーム内で実践しなければならないこと」をディスカッションしました。


プログラムの一環としてASICSは、ラグビー元日本代表の小野澤宏時選手による講演会の実施をサポート。前編ではリーダーシップをテーマに行われた小野澤選手の講演内容をお届けします。日本屈指のラグビー選手の体験談からみえる、垣根を越えて、選手と組織が互いに成長しあうために必要なこととは。

小野澤選手は2017年まで日本トップリーグで活躍した選手です。代名詞はキレのあるステップで相手を交わし続ける「うなぎステップ」。トップリーグでのトライ数は歴代最多数を誇ります。また、ラグビー日本代表としては81試合に出場。世界歴代4位となる、55トライをマークした世界を代表するトライゲッターでもあります。その後はラグビー日本代表スポットコーチに就任するほか、アスリートのキャリアと並行して大学の非常勤講師の活動、大学で博士課程を学ぶなどさまざまな分野で活躍しています。


「僕は今年40歳になりますが未だにプレーを続けています。トップリーグは16年、日本代表は13年とかなり長くやってきたので、いろいろなチームにも所属しました。そんな中、自分自身がキャプテンを務めてきた経験から、理想のリーダー像をつねに考えてきました。今日はそれがみなさんにとって参考になればいいなと思っています」

世界最高峰のキャプテンから学んだ、チームを単色にしないということ

小野澤さんの講演は自身のキャリアの振り返りからスタート。サントリーラグビー部サンゴリアス時代に遡り、生涯はじめてキャプテンを担当したときのエピソードを披露してくれました。


当時の清宮克幸監督に「誰がキャプテンとしてふさわしいと思う?」と聞かれた小野澤さんは、「キャプテンはラグビーでは最初にアタックするとか、陣地をどっちにするとか、そのくらいしか決めないので誰でもいいですよ」と答えました。その結果、なんと自身がキャプテン代行を任命させられるという結果に。この想定外の出来事がリーダーについて考えるきっかけになったといいます。


「26歳で初めてのキャプテン。僕はチームをまとめる、引っ張る、ということばかりを考えていました。僕がキャプテンになって1年が経ち、リーグ準優勝するのですが、決勝戦で負けた東芝ブレイブルーパスは強さと個性を兼ね備えたチームでした。その敗戦から『何が差なのだろう』ということをすごく考えたら、僕が考える真面目さや良いと思うものをチームに押し付けすぎていたなと気づきました。当時の僕は色という表現でチームを捉えていました。チームが袋だとしたら、いろんな特徴のある色を入れられることでチームの強さが決まるのではないかと考えていたんです」

小野澤さんの講演

その翌年、サントリーに世界屈指のキャプテン経歴をもつジョージ・グレーガン選手が入団しました。ジョージ選手は当時の世界最多公式戦出場記録の持ち主。また、キャプテンとして世界でもっとも試合出場経験があり、オーストラリア代表としてW杯での優勝経験もありました。小野澤選手はジョージ選手の振る舞いを注意深く観察するようになります。


「ジョージ選手のバッグに興味があり、その中身を見せてもらうと1試合にもかかわらずスパイクが3足入っていました。世界のいろんなピッチで試合してきたけど、今日のピッチは知らないから、突然雨が降るかもしれないし、完璧な準備が必要なんだ、と言われて衝撃を受けました。他にも試合直前にリラックスするための本、補食、水といったものがあるだけでなく、ジョージ選手は消毒液も持参していて。激しいコンタクトスポーツであるラグビーは試合中に出血してしまうことも珍しくありません。僕だとすぐにメディカルスタッフを呼んでしまうところを、ジョージは自分のカバンの中から消毒液を出して治療するという自己完結型だったのも驚きました」

小野澤選手の講演

試合が終わった瞬間に、想像しうる次の準備を自ら進める。またラグビーのプレー中にも彼の行動には発見がありました。


「ラグビーは輪になって集まることが多くあります。その時にジョージ選手は何をするのかというと、輪が早くできるように働きかける。キャプテンが集合と声をかけて、ダラダラ歩いてくるのと、速やかに集まってくるのでは、当然後者のほうがいい。その姿を見て、きっとこの人は自分がキャプテンの時にそういうストレスを感じていたのだなと。キャプテンが話しやすい舞台を整えるサポートを率先してやっていた」


ラグビーW杯イングランド大会にて日本代表チームを率いた名将エディ・ジョーンズ監督がサントリーの監督を務めていたときのことです。キャプテンとは違う、肩書きのないリーダーグループをつくろうという話になりました。小野澤さんとジョージ選手を含めた6人が横一線のリーダーとなり、毎週リーダーズミーティングを開催していたそうです。


「先週の練習をレビューしながら、今週の練習内容を決めるというものでした。若いキャプテンは格下のチームと対戦するときに『絶対ミスなく』と言います。そうするとジョージ選手は『情熱は大事だから気持ちが切れないようにみんなをサポートするよ』と答える。そこで僕が気づいたのは、チームが単色にならないようにすること。先ほど話したチームという全体を色としてとらえると、ジョージは一色に偏らないようにバランスを取っていたんです。何かに染めるのではなく、個性を大事にするということがすごく大切だなと思いました」

スポーツから対人スキルを学び、世の中を良くしていく

小野澤選手は「スポーツ選手の優位性とはコミュニケーションです」と話します。個人競技には自己理解があり、団体競技にも他者理解がある。では、スポーツにおけるコミュニケーションとは何なのでしょうか。


「コミュニケーションから一般的にイメージするものは言語。表情や声のトーンといった視覚・聴覚的な非言語もありますし、身体感覚もそうです。話に頷いてくれる人とそうでない人に話すのであれば、前者の方が話しやすい。団体競技の場合は人を動かすことが重要です。今日ここにいる皆さんはリーダーとして、今後競技以外でのシーンでどうすれば自分の思いの丈が伝わるのか。社会性につながる対人スキルを学んでほしいと思います」

小野澤選手
小野澤さんの講演

小野澤選手はコミュニケーションの感度を高めるために、子ども向けに集団での学びの場を環境設定したラグビーアカデミーを立ち上げています。そこではゲームを中心にスキルよりチームトークを重視していますが、子どもにとって重要なのは面白いのかどうか。いくらコーチ陣に日本代表経験があるからといって上手に教えられるわけではないと、指導者自身の学びにもなっているそう。


このアカデミーでの取り組みから、町田市では全42の小学校でラグビーを元にしたゲームを体育の授業に取り入れています。集団での問題解決をテーマにした小野澤さん考案の授業は全日空の東アジア教育プログラムに採用され、先日はミャンマーでラグビーを教えてきたそうです。


「元々ミャンマーは軍事国家ということもあり、体育そのものが学校教育になかったそうです。そこにラグビーと囲碁が全日空の教育プログラムとして採用されて、参加してくれた先生たちが自分たちの学校に持ち帰って、取り組んでいます。ラグビーのルールが難しいのであれば、楕円のボールを使った集団のボール型競技としてどうやれば突破できるのかを話し合えばいい。スポーツを一生懸命すると仲良くなれる。楽しんで仲良くなった結果として社会性に繋がる対人スキルを学んでいくと、世の中が良くなりそうだなと思うんです。なので、皆さんにはリーダーとしてプレーしながら、自分たちの高みを目指し、正解がわからないながらも何かアクションしてほしい。そうすることでゼロは必ず1になりますから」


チームづくりには成功だけでなく失敗もある。大切なのは、より良いチームを築くためのフィードバックを怠らないこと。そのプロセスと結果が多くの人々に還元されていくこと。スポーツを通じて世の中が楽しくなることを、小野澤さんは願っています。

小野澤さんの講演



TEXT:Shota Kato PHOTO:Masuhiro Machida