王者中国の牙城を崩す、女子卓球のエース

卓球といえば、かねてより他国を寄せ付けず圧倒的な実力を誇ってきた中国の選手たち。しかし近年、日本の女子卓球は世界ランキング4位(2018年1月時点)の石川佳純選手を筆頭に、若手選手の活躍によりその距離を縮めつつある。

 

それを印象づけた試合が、2017年5月に行われた世界選手権の決勝戦にあった。石川佳純選手と吉村真晴選手によるミックスダブルスの試合で、フルセットの激戦の末に逆転勝ちを収め、見事金メダルを獲得。これは同種目において1969年のミュンヘン大会以来となる、48年ぶりの歴史的快挙で卓球女子の歴史が動いた瞬間だった。さらには同年11月のワールド・ツアーでもシングルスで中国人選手に連勝するなど、いままでにない躍進を遂げている。

石川選手

石川選手にインタビューを行った2017年の末、彼女に一年を振り返ってもらうと「世界選手権での優勝が最も大きな出来事ですね。表彰台の一番上は特別な場所でした」と喜びつつも、現状の日本と中国のパワーバランスについては冷静に分析している。

 

「日本勢は確実に実力をつけてきてはいるものの、まだ中国が絶対的王者であることには変わりません。ただ、どうやれば王者を倒せるのか、そのことに集中して毎日練習を積み重ねてきました。とくに2016年のリオオリンピック以降は中国の選手に勝つということを目標にしてきたなかで、それが実際に形になった年だったので、大きな飛躍ができた一年だったと思いますね」

逆転劇を重ねてきた石川選手の底力とは

石川選手はこれまでにいくつもの劇的な逆転を生み出してきた。そしてその逆転劇が石川選手のターニングポイントとして大きな変化をもたらしてきたのだ。

 

たとえば、もっとも印象的な試合のひとつとされるのは、石川選手が世界ランクも99位の16歳のときの世界選手権での出来事。2回戦で戦う相手は世界ランク10位で、やはり中国人選手だ。そのときはまだ格上の相手に手も足も出ずに3ゲームを連取され、第4ゲームも残り2ポイントでゲームセットというところまで追い込まれていく。このまま負けてしまうだろうと誰もが考えていたなかで、石川選手だけが違った。負ける寸前の土壇場で、これまでの練習ではうまくいかなった高い打点でのレシーブを決め、相手のリズムを乱して連続ポイントを決め第4ゲームを奪ったのだ。そこから流れを掴み、第5ゲーム、第6ゲームと立て続けに勝ち取り、そして最後の第7ゲームも見事に奪い、大逆転の勝利を収めた。

 

「試合前に最後まで絶対にあきらめないと決めてコートに入ったんです。それが勝ちにつながったと思います」と話すように、諦めることなく粘り強く戦い続けた石川選手の執着心が勝利へと導いていったのだ。

 

そうした奇跡的な出来事を自身の実力として定着させ、いくつもの激戦を勝ち抜いていき、ついに石川佳純選手は日本人ランキング1位のエースとして、日の丸を背負って戦うようになった。

 

「絶対にゲームを落とせない、ここ一番のときに任されるようになりました。そこで点数をしっかりとって次につなげることがエースとしての立場ですし、そこでしっかりと役目を果たせる選手でありたいなと思っています。エースは代表としての顔なので、プレッシャーを強く感じていたこともありましたが、いまでは強い仲間もいっぱいいますので楽しくやれています」

石川選手

笑顔が絶えない印象のある石川選手だが、17年ものあいだ卓球をプレーしてきたなかで、辞めたいと感じるようなつらい場面もあったという。それでも続けてこられたのには「ある体験があったから」と話す。

 

それは石川選手が小学生のときに月に1度、中学生と一緒に山奥に入り合宿を行うというもので、なんと二日間で50試合という超過酷な練習メニューをこなしていたのだ。「過去にも先にもこれほどツラい練習はなかったです。逃げ出したいほどキツイ練習で今でも忘れませんね(笑)。でもそのハードなトレーニングがあったからこそ、今まで頑張ってこられたと思います」。

 

過酷なトレーニングを経て、テクニカルはもちろんのこと他選手にはない俊敏性を手にいれた。卓球選手は主にスピードタイプとパワータイプと分けられるが、石川選手が得意とするのは前者だ。トレーニングメニューも素早くステップを踏むドットドリルなど、相手の素早い動きにも対応できるように瞬発力を高めるものに重きをおいている。

 

「卓球においてラケットと同じくらい重要なのがシューズなんです。アシックスさんに作ってもらったシューズは、ストップ&ダッシュがやりやすく足への負担も少なくて、これまでにケガもしていないのでとてもお気に入りの一足です」

石川選手

目指すは金メダル、東京オリンピックにかける想い

卓球はシングルス、ダブルス、団体、ミックスダブルスと分かれているが、とくにシングルスと2対2で戦う種目(ダブルス・ミックスダブルス)ではそれぞれトレーニングの取り組み方も異なるという。

 

「個人戦は最初から最後まで自分でプレーするので、自身のコントロールが大切ですが、ダブルスはそれぞれプレースタイルも違いますし、長所短所も違う。そこをしっかりと理解し合える関係をつくることがカギになりますね」

石川選手

試合に勝つためには「心・技・体」のすべてが整っている必要があるが、そのなかでも心のコントロールがもっとも大切だと石川選手は話す。

 

「リオオリンピックの前後で気持ちの持っていきかたが変わりました。リオが終わって東京オリンピックを見据えたときに、自分が後悔しないための練習だったり、いろんなことに挑戦したいなという気持ちが強くなって、いろいろとチャレンジできるようになりました。日本選手の全体のレベルがあがってきているので、エースとしても負けていられないですね。そのためにもトレーニングを積み重ねて、自分自身を信じられるようになることが大切です」

 

いよいよ2020年には石川選手にとって3回目の出場をかけた東京オリンピックが待ち受けている。偶然にも冒頭でも触れた金メダルを獲得したミックスダブルスが東京オリンピックから正式種目として採用されることになっている。東京の地で、オリンピックの舞台で再び石川選手が金メダルを手にする未来に期待したい。

 

石川佳純(イシカワカスミ)

1993年生まれ。山口県出身。国内大会では全日本選手権ジュニアシングルスで史上初の4連覇や、インターハイ3連覇という記録を残す。2011年の全日本選手権ではシニアを初制覇し、高校生の全日本選手権女子シングルス制覇22大会ぶり4人目という快挙を達成。2015年の全日本選手権では54大会ぶりの3冠を達成。国際大会では、2010年にITTFプロツアーモロッコオープンでシングルス初優勝したほか、同年の世界ジュニア選手権では団体優勝に貢献。2012年ロンドンオリンピックでのシングルス4位、団体銀メダルはともに男女日本卓球史上初。2014年のワールドツアーファイナルズでは日本人女子初の優勝を飾った。2015年世界選手権個人戦のミックスダブルスで38年ぶりの銀メダル獲得。2016年世界選手権団体戦準優勝、リオオリンピック団体は銅メダル。2017年世界選手権個人戦のミックスダブルスで48年ぶりの金メダルを獲得。

 

TEXT : Keisuke Tajiri