世界を舞台に躍進し続ける、ひとりの女子高校生スイマー

シンガポール、東京、北京と回り、翌日にはスペインへ飛び立つ。トップアスリートとしてあわただしく世界中を飛び回るのは、17歳にして女子競泳界のホープ、今井月選手だ。多忙な日々を過ごす彼女だが「大変ですけど、楽しいです」と屈託のない笑顔を見せる。

今井 月選手

幼少のころからさまざまな種目の競技に取り組んできた今井選手。そのなかでも兄の影響で水泳を始めた今井選手はみるみるうちに実力を伸ばし、2012年の小学6年生のときにジュニアオリンピックカップで自身初となる優勝を飾る。「初めてのメダルが金メダルで、日本学童記録もついてきたので、一番印象に残っている大会ですね」

 

その後も躍進を続け、2013年には東アジア競技大会の日本選手団最年少選手として選出。2014年には全国中学校水泳競技大会の平泳ぎ200mで中学新記録を叩き出し、2015年にはFINA競泳ワールドカップ・ドバイ大会の200m平泳ぎで銀メダルを獲得すると同時に、中学生の新記録を打ち立てるなど、年を重ねるごとにその才覚を発揮していく。

 

「これまで海外の大会は苦手だったんです。体調をくずしたり、体格の大きい海外選手に圧倒されたり。何よりも海外のご飯が口に合わなかった(笑)。いまではカップラーメンとかマジックライスを持っていったりして、大分克服しましたね」

今井 月選手

数々の大会で輝かしい戦績をおさめ、高校生という若さで日本を背負って立つ、その状況に気負いすることはないのだろうかたずねると、「注目されることはうれしい。プレッシャーは感じないですね」としっかりと芯の通ったコメント。勝負強い性格と自身が話すように、スイムの技術はもとより、強靭な精神力が今井選手を世界の舞台へと押し上げてきた所以だろう。

 

事実、周囲の関係者から半ば諦められていたリオ2016オリンピックへの出場をかけた選考会も、「東京2020オリンピックを見据えたときに、リオ2016オリンピックには出ておかなければならなかったので必死に泳いだ」と、200m個人メドレーで見事代表を獲得。最終結果はメダルにこそ届かなかったものの、底知れぬポテンシャルを感じられる一戦となった。

フィジカルとメンタルを鍛え上げていく

そんな今井選手の普段の練習は登校前の朝6時から始まる。午前中に5〜6,000mを泳ぎ、午後には7,000m、それを週に4日繰り返す。特徴的なのはイメージトレーニングだ。飛び込み台に立ち、合図とともに飛び出す。いま自分はどんな泳ぎをしているのか、疲れの具合はどうか、他選手との差はどのくらいなのか、事細かにあらゆる状況を想定し、分析していく。

 

こうしてトップアスリートとして着実に努力を重ねていくも、ふだんは高校生として遊びたい気持ちや多くの興味があるだろう。
「練習をちゃんとやってから遊ぶようにしていますね。オフの日はショッピングしたりパンケーキを食べたり、カフェに行ったり。インスタ映え、狙っています(笑)」

 

そうしたオン・オフのコントロールはさすがアスリートというべきか、大会前になると少しずつ精神を研ぎすませていき、大会時にピークを迎えるようにしっかりと気持ちを切り替えていく。「会場に入ったら雰囲気はガラッと変わる。ベテラン選手や、大会の大きい周りの選手のオーラに負けないように、心を強くもつようにしています」

今井 月選手

冒頭のアシックスが掲げるテーマ「I MOVE ME -ワタシを、動かせ。」にあるように、今井選手がここまで自身を掻き立てるものはなんだろうか。

 

「上を目指したくなることですね。練習はきついけど、勝ったときは頑張ってよかったと思える。そしてもっと上を目指したくなるんです。あとは応援してくれる人の期待に応えたい、そのためにもさらなるステップアップが必要です。タイムが安定していないので、練習してベースをしっかりつくっていかなければなりません。まずは今年のパンパシフィックとアジア大会。しっかりと代表に入ってメダルを持って帰れるように頑張りたいですね」


今井月(いまいるな)

2000年生まれ、岐阜県出身。兄の影響で3歳から水泳をはじめ、2012年の小学6年生で平泳ぎ3種目と400m個人メドレーで日本学童記録を更新。その後、2015年4月、日本選手権200m平泳ぎで日本中学記録と世界ジュニア記録を更新し、同年8月の全国中学校水泳競技大会で平泳ぎ100m・200mでは3年連続で2冠となり、100mでは大会新記録を残す。リオ2016オリンピックに出場を果たした。

 

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TEXT : Keisuke Tajiri