みなさん、自宅の下駄箱にランニングシューズは何足ありますか?「玄関にたくさんのランニングシューズが列を成している光景」は、ランニングにハマったランナーならよくあることかもしれませんね。 そんな下駄箱に並んだランニングシューズ、みなさん履きこなせているでしょうか?どんな用途で買いましたか?私の場合、ロード用のランニングシューズは、見た目重視で選んだものが4足あり、そのうちの2足だけがボロボロです。無意識のうちに同じシューズばかり履いているみたいです…。

ですが、どうやらランニング中上級者のなかには、私と同じようにシューズを複数持っていても、練習内容によってシューズを履き分けているランナーもいるそうです。いったいシューズをどのように選び、どのように履き分けるのでしょうか。

今回は、自身もランナーであり、シューズの企画に携わる小林 優史さんに「ランニングシューズの履き分け」について教えてもらいました。

<目次>

・マラソンの記録を伸ばす、パフォーマンス向上のための基本の3軸

・練習でシューズを履き分けた方が良い理由とは?

・練習時のペースで考えるシューズの選び方

・練習内容別おすすめシューズ

■教えてくれた人

小林 優史さん

アシックスジャパン株式会社 プロダクトプランニング部ランニング・スポーツスタイルチーム。ランニングシューズの商品企画に携わる。走ることが大好きで、平日は自宅周辺の道路や公園で、また休日は近郊の山や各地のレースでランニングを楽しんでいる。

小林 優史さん

履き分けの前に…。マラソンの記録を伸ばす、パフォーマンス向上のための基本の3軸

市民ランナーにとって「サブ4」「サブ3.5」「サブ3」といった指標は、ランニングを楽しむためのモチベーションのひとつであり、トレーニングの成果を示すことのできる成長の証。でも、仕事や家庭と両立しながらの練習で、レベルアップを続けていくことは、意外とハードルが高いものです。それでもやっぱり憧れのタイムを達成してみたい!

ということで、シューズの履き分けについて教えてもらう前に、まずはどんな練習が走力アップにつながるのか聞いてみました。

――PB(自己新記録)達成を目指して、レベルアップ&パフォーマンスアップするにはどんな力が必要なのでしょうか。

マラソンでレベルアップするポイントは大きく分けて3つあります。持久力・スピード・スピード持久力です。

――持久力のことばかり考えていた気がします。その3つの力を磨くには、具体的にどんな練習をすれば良いのでしょうか。

まずはマラソンを走り切るためのベースとなる「持久力」を磨きましょう。それは毎日のジョグやLSDなどの距離走が大切です。ゆっくり長く走ります。次に大切な「スピード」をつけるには、レースペースよりも少し速く走る練習をします。これはいろいろな練習方法がありますが、いわゆる「インターバル走」がそのひとつですね。そして最後の仕上げとして「スピード持久力」を鍛えます。これは、レース中もスピードを維持するためにレースペースの前後で走る練習です。鍛えてきた持久力とスピードを、言葉の通りまさにミックスさせるイメージですね。これにはレースを想定した「ペース走」、レース後半のペースダウンを防ぐことを目的した「ビルドアップ走」などが挙げられます。もし、これまでランニングシューズを一足しか持っていないのであれば、複数の練習方法を取り入れるにあたり、それぞれの練習に合わせてシューズを変えるのがおすすめです。

パフォーマンス向上のための基本の3軸

  1. 長く走るための持久力をつける
    ゆっくり長く走る。毎日のジョギングや距離走など。継続することが大切。
  2. 目標のレースペースを、余裕を持って走るためのスピードを磨く
    レースペースよりも速く走る。スピードを出すことを身体に覚えさせる練習。インターバル走など。
  3. レースペースに慣れる
    レースペースの前後で走る。まんべんなく鍛えられ、レース後半の落ち込みを防ぐビルドアップ走や、レースペースに慣れるペース走など。

練習でシューズを履き分けた方が良い理由とは?

限られた時間のなかで走力を上げるためには、ただやみくもに走れば良いわけではなく、日ごろのトレーニング内容にも工夫が必要なことがわかりました。

でも、トレーニング内容によってシューズを履き分けることで、どんなことが期待できるのでしょうか?練習ごとにシューズを履き分けるメリットを聞いてみました。

――自分の走力レベルに合わせてシューズを買い換えるだけでなく、練習に合わせて履き分けるのですね。あまり意識せずに初級~中級向けくらいのシューズをボロボロになるまで履きつぶしていました…。練習によってシューズを履き分けることでは、パフォーマンスアップにどのように影響するのでしょうか。

走力レベルや適正な目標タイムに合ったシューズを履くというのも、もちろん間違っていません。ですが、複数のシューズを履き分けることは「“走りのクセ”が付きにくくなる」というメリットがあります。同じシューズばかり履いていると、走り方のクセでソールがすり減ったり、クッション性が損なわれたりして、シューズの形が変形していくことがあります。そのまま履き続けていると、その走り方がクセになってしまいます。また、シューズによってはオーバープロネーションを防ぐ機能を備えたものもあり、シューズが正しい走り方を教えてくれるのです。シューズをうまく利用してクセを修正しながら練習するのもひとつの手です。プロの選手も、常にレースシューズを履いて練習しているわけではなく、練習内容によってはサポート力のあるシューズを選んでいるんですよ。

――プロの選手でも練習内容に合わせてサポート力の高いシューズも履くとは意外です! てっきり上級者が履くようなレースシューズを履いて練習しているのかと思っていました。

プロの選手こそやっていることですね。レース用に選ぶものは軽量で走りやすくスピードも出ますが、軽量性に特化していることにより、クッション性やサポート性がないこともあります。レース用ばかり履いていては脚を傷めてしまいます。インターバルなどの練習であればレース用を履くのも良いでしょう。でもいざ本番で履くときにすでに磨耗してしまっていては本末転倒です。同じシューズでも、練習用と本番用を分けられれば理想的ですね。川内優輝選手も、レース用のシューズは練習では履かず、履き慣らし程度で、レース当日までとってあるそうです。

練習時のペースで考えるシューズの選び方

練習内容にあわせて履き分けるシューズは、どれくらい持っていれば良いのか、どうのように選べばよいのか、さらに詳しく小林さんに聞いてみました。

――「サブ4」「サブ3.5」「サブ3」あたりの中級者以上のランナーが複数の練習方法を取り入れるにあたり、どれくらいの量のランニングシューズを履き分けると良いのでしょうか。

「まずは2足」と考えるのが良いと思います。1足は、ジョグ用としてクッション性と安定性のあるもの。軽すぎるものや、アッパーがゆるすぎるものは注意です。アッパーが足にフィットしていると、ランニング中の足のブレが減り、走行効率も高くなります。ぜひ、アッパーのフィット感やサポート性も意識してみてください。

もう1足は、スピード練習用とレース本番用に比較的軽く、反発感のあるものを選んでみると良いでしょう。中級者なら最初は2足目もクッション性を備えているものが良いですね。

――レースの距離やサーフェイス(路面)によっても、シューズを履き分けることもあるのでしょうか。

ロードのレースなら、サーフェイスはさほど気にしなくて良いと思います。ごくまれに履き古したシューズを雨の日のレース用にするなんて方もいますが、それはさすがにおすすめできません。お気に入りのシューズを汚したくないという気持ちもわかりますが、ケガをしないことが大切です。履き古してへたったシューズは、ランニングフォームが崩れる要因にもなります。ベストを目指すのであれば、天候に関わらず本番用を履いた方が良いですね。レースの距離については、10kmとフルマラソンくらいの違いがあるならば履き分けても良いと思いますが、ハーフとフルであれば、まずは同じシューズから試していくのが良いと思います。

練習内容別おすすめシューズ

練習内容別おすすめシューズ

練習内容にあわせた履き分けにあたり、どのようなシューズを選べばよいのか、具体的なモデル名を挙げて解説してもらいました。

――履き分けにおすすめのシューズはどんなモデルでしょうか。

まずは練習ペース(①ゆっくり ②レースと同じくらい ③速いスピード)で3つに分け、そのうちの「まずは2足」におすすめのシューズを選んでみました。

(1)ゆっくり走り、持久力・ベースの走力をつける(ジョグ、距離走向き)

(左から)GLIDERIDEGEL-NIMBUS 22GT-2000 8

クッション性、安定性に優れたシューズ。“ケガ・故障をしないこと”がポイント。

GLIDERIDE(写真左)
とにかく「ラクに走れる」ということをコンセプトに作られた走行効率性とクッション性に優れたシューズ。つま先部分が上がっているフォルムは、テコの原理で前への推進力をサポート。勝手に足が前に出るような個性的な履き心地が特徴です。クッション性にも優れ、心地よく走りたい時に楽しめる一足。

GT-2000 8(写真右)
ミッドソールの中足部内側にDYNAMIC DUOMAXという機能が備わっており、オーバープロネーションを防ぎます。ランニングを始めるシューズとして支持者が多いですが、クッション性やサポート性、軽量性などの機能バランスに優れ、レベルの高いランナー(速いランナー)のトレーニング用としてもおすすめできるスペックです。

GEL-NIMBUS 22(写真中央)
GT-2000 8よりもさらにクッション性があり、やわらかい履き心地が特徴。ゲルの量が多い。ソールの切り込みにより、屈曲性も◎。かかとの内側への傾きが小さいニュートラル~アンダープロネーションのランナーに適したシューズ設計。

(2)レースペースで走る(ペース走、本番用向き)

(左から)GEL-FEATHER GLIDE 5GEL-DS TRAINER 25 

気持ちよくスピードに乗るために、軽さと反発力があるものを選ぶと良い。

GEL-FEATHER GLIDE 5(写真左)
“フェザー”の名の通り、まるで羽根のような軽さ。「究極のソフトフィール」がコンセプトで、クッション感やミッドソールのやわらかさが特徴のシューズ。こちらは「沈んで跳ね返る」タイプの反発性。GEL-DS TRAINERとは一味違う履き心地。お店で試し、走った時の感覚で好みに合わせて選ぶと良いでしょう。GEL-NINBUSやGLIDERIDEの次の一足として。

GEL-DS TRAINER 25(写真右)
ジョグ向きのものに比べるとソールは薄め、硬め。軽量性に優れ、沈み込まずダイレクトな反発感が特徴のシューズです。ミッドソールの中足部内側の硬い素材DUOMAXが、オーバープロネーションを防ぎます。アッパーのニット素材はやわらかい履き心地だけでなく、編み目に変化を付けることでサポート力も維持。GT-2000やGEL-KAYANOを履いている方の2足目におすすめ。

――さらにレベルアップしたい!という方にスピード練習用におすすめのもう一足(3足目)を教えてください。

スピード用は、故障やケガを防ぐためにもあくまでスピード練習用としてのおすすめです。ただ、3時間を切ることが目標のランナーなら、本番用にしても良いでしょう。

(3)速いスピード練習用

(左から)SKYSENSOR JAPANTARTHEREDGETARTHER JAPAN

SKYSENSOR JAPAN(写真左)

靴底の大部分がスポンジラバーソールで覆われた「フラットソール」を採用し、柔らかくスムーズなライド感(走り心地)が特徴のシューズ。もちろんスピードを出すための軽量性や反発性にも優れており、TARTHERシリーズ同様、スピード練習に最適。

TARTHERシリーズ(写真中央・右)

とにかく軽く、反発をダイレクトに感じやすいシューズ。中足部の樹脂プレート(トラスティック)がスピードを出すための足の動きをサポート。また靴底はスパイクのような形状のデュオソールが、路面を噛むようなグリップ力を発揮します。走ったときの軽さとスピードの出しやすさには、誰もが驚くはず。慣れないうちはスピード練習のための1足として。

小林さんいわく、いろいろな練習方法を取り入れることとシューズの履き分けは “走力をまんべんなく鍛えられる” 方法のひとつ。これまでレースも練習も同じシューズで走っていた人であれば、ほかのシューズを履いてみるとその感覚の違いにきっと驚くのではないでしょうか。

いろいろな練習方法やシューズを試すことは、単調な練習から抜け出し、気分も変わり、新しい楽しみを教えてくれるはず。練習によってシューズを履き分けて、楽しく効率的にレベルアップしましょう!

TEXT:Emma Nakajima
PHOTO:Takuya Ikawa