ドーハで開催された世界陸上。男子マラソンで4度目の出場となった川内優輝(かわうち・ゆうき)選手は、2時間17分59秒の29位という結果に終わった。
川内選手は、学習院大時代に関東学連選抜として、箱根駅伝に2度出場。大学卒業後は埼玉県で公務員をしながら、市民ランナーとして国内外のマラソン大会に出場してきた経歴をもつ。2019年4月にプロランナーに転向後も、Twitterを開設するなど、積極的に挑戦を続け注目を集めている選手だ。
世界陸上レポート第2弾に続き、西本武司さん(@EKIDEN_News)による、川内選手のインタビューをお届けする。

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「まずドーハを忘れるところからはじめます。」

「今回のドーハ世界陸上のマラソンは技術戦にもちこみたい」

レース目前に控えた川内選手から、飛び出したのは思いもよらぬ言葉でした。どちらかというと泥臭い走りを信条とする川内選手が「マラソンは技術だ」という。

ローカルレースからシックスメジャーまでフルマラソンを98回走り、世界中のトップランナーと渡りあいながら肌感覚で世界を知りつつ、海外選手との情報収集にも余念がなく、その知識量は世界トップのマラソンオタク(失礼!)でもある川内優輝選手の世界陸上ドーハの戦いかた。そして、その後を聞きたかったのです。

川内選手が公務員からプロ選手となってはじめて望んだのが、今年の4月に行われたボストン・マラソン。前年度優勝者ということで地元の有名人となった川内選手。
プロ移行のタイミングとも重なり思ったような練習がつめなかったこともあって、レースそのもの結果は良いものではなかったのですが、報道陣との囲み取材が終わり、記者たちが帰っていったあと単なるマラソン好きとしていろいろ立ち話をしました。

2021年に挑む川内優輝の走り方

ボストン・マラソンの優勝者が招待されるレッドソックスの始球式では、キャッチャーまでボールが届いてほっとしたこと。たとえ英語が苦手でもレース後に開かれるパーティーに、もっと日本人選手たちは出席すべきだということ。MGCのラストチャンスと言われていたハンブルグマラソンのコースは終盤の坂が厳しいから、いわれているほどの高速レースにはならないのではないかという考察。次のメインレースとして考えているのはドーハ世界陸上のマラソンであること。ドーハは開催時期が真夏からずれたうえに、スタートも深夜。日差しがない中で走るマラソンは暑さが苦手な自分にとって、MGCや東京オリンピックよりも向いていると考えていること。

寒さには滅法強いが暑さには弱いと自身を分析する、川内選手に聞いてみたのです。

「川内選手にとってMGC、世界陸上ドーハや 東京オリンピックよりも、真夏でも比較的涼しい2021年世界陸上ユージーンのほうがあってませんか?」

そうすると。我が意を得たり!とした顔で
「そのとおりです!このタイミングで、プロになろうときっかけのひとつは、マラソン選手の年齢としても、まさに油がのった34歳で迎える世界陸上ユージーンをキャリアのピークにすること。そう考えたからです。」

というわけで、このコラム。
川内優輝選手のドーハ世界陸上を振り返るのではなく、ドーハの先についてをドーハを走る前に訊くという、ちょっと風変わりなものになっております(笑)

2021年に挑む川内優輝の走り方

ーー4月にボストンではスピードが足りない。夏はホクレンディスタンスといったトラック・レースで5000m13分台のスピードを取り戻したいとおっしゃってましたが、士別では14分33秒19。北見では14分29秒98。と思ったような結果がでませんでしたが、先に行われた女子マラソン・競歩は猛烈な暑さと湿度の中で超スローペースのレースとなりました。

(川内選手)この暑さをどうやって味方につけるか?がポイントになりそうです。いまのスピードがない状況では「暑さよ、来い!」と願っています。ホクレンでは想像以上に身体が動かなかったためです。夏場に走りすぎて疲れて走れなかったのか?その原因はわからないのですが、スピードが戻らなかったぶん、距離はじっくり踏めました。

6月にドーハの気温や環境を下見をして、「MGCや東京オリンピックよりも過酷かもしれないぞ」そう思って根本的な対策が必要だと感じました。

ドーハは昼間は極端に乾燥してますし、マラソンや競歩のスタート時間となる深夜は湿度がとても高くてじめっとしてます。ドーハでは昼と夜では汗のかきかたもちがうんです。湿度が苦手な選手はドーハはきついでしょうし。気温が苦手な選手は東京のほうがきつい。同じ暑さをとっても得意不得意があるはずです。各国の東京オリンピック候補といわれている競歩や女子マラソン選手は、今回のドーハでみな痛い目にあっているので、この経験を活かして東京でやってきます。

東京オリンピックに向けた各国の暑熱対策は、この1年で一気にすすむことでしょう。

今回の世界陸上のマラソンや競歩は技術戦だと思ってます。男子競歩では2位入ったのは42歳。8位は49歳の選手です。女子マラソンでも3位は39歳ですし、4位に入ったキプラガト選手は今年40歳。(競歩選手の年齢まで調べている川内選手もすごい)
私も98回のフルマラソンで培ったノウハウをもとに、技術戦に持ち込むわけです。

スピードが戻せなかったぶん、ギアや給水といった身体の冷やし方と、ペース配分との組み合わせで勝負することを考えてます。

今回、ドーハにおいて、上位入賞に食い込んだベテラン選手の走りを分析すると、ラップはネガティブスプリット。前半は経験値でぐっとおさえ、ハーフ通過時は順位が10番20番台なのに終盤になると、ぐぐぐっとあがってきます。

入賞圏内だけでなく、中には表彰台にまであがっている選手もいる。
もし、この暑さがつづくのであれば、間違いなく技術戦になるはずです。

給水や暑熱対策は日本競歩チームが参考になります。私の肌感覚では日本競歩チームは、マラソンの2年先を進んでいると感じます。事実、日本競歩陣はあの蒸し暑さの中でも結果を出し続けているでしょう?

ドーハ仕様のウェアはすごくいいウェアで。丈をすこし切るようにしました。汗で濡れて肌に触れるとひんやりとする素材なので、穴をあけずにレースに出場します。

シューズはアシックスの気にいったソールがありまして、通気性がよくなった新しいアッパーと組み合わせていいものができました。

2021年に挑む川内優輝の走り方

ーー2019年ドーハを終えたら、日本は東京オリンピック一色になるでしょうが、川内選手にとっては集大成となる2021年世界陸上ユージーンがやってきます。

(川内選手)まずドーハを忘れるところからはじめます。

ロンドン世界陸上のとき、私に足りなかったのはスピードなんです。(ロンドン世界陸上では3秒差で9位。入賞ならず)ユージーンはロンドン同様に夏でも比較的涼しい。少なくとも5000m13分台に戻せなければ、ユージーンでは戦えない。

今季はこれまで公務員時代には時間がとれなくてできなかったため、距離をじっくり踏む練習を涼しい釧路でやりました。本当は高地トレーニングも必要だったのですが、高地で距離を踏むことで疲労がたまる可能性があったので、今回はやめておきました。

スピードを戻すことはできませんでしたが、今年は月間1000km距離を踏んでも耐えられる身体が作れました。(公務員時代は月間600kmほどの練習量)。つぎのステップは高地で月間1000km耐えられる身体ができるかどうか。それができれば世界と戦えるスピード持久力もどってくる。そこを信じてやっていきたいと考えています。

そう話してくれた翌々日に行われたドーハ世界陸上男子マラソン。
海岸沿いにつくられた周回コースは、これまでの高温多湿の環境とうってかわって
なぜかこの日だけ極端に涼しい夜となった。(同行していた友人は上着を着たくらいだ)

気温は29度、湿度は49%と数字上では出場者の4割が棄権した、女子マラソンに比べると気温は3度、湿度は23%も低い。高温多湿の夜のドーハでトレーニングを続け、
暑熱順化した選手たちにとっては、長いドーハ滞在中、ベストコンディションになったのが、この夜であった。

10kmをすぎたところから、暖機運転を終了したアフリカ勢が一気にペースアップ。

2021年に挑む川内優輝の走り方

一緒にコースを歩きながら見ていた解説者の金哲彦さんも
「ああ、冬マラソンと同じペースになっちゃった。こうなると、日本人選手はだれも追うことはできない」

キロ3分を切るようなペースで先頭集団が走り出したところで、「スローペースの技術戦」というレースプランが早くも崩れてしまったのです。

川内優輝選手は2時間17分59秒の29位。
2:17:59

2021年に挑む川内優輝の走り方

スタート直後から集団から離れた川内選手だが、ラップをみていくと極端に遅れてはいない。準備してきたプランどおりの走りを実行したことがわかる。ほとんどの選手がペースを落としてゴールしていくなか、川内選手は全力疾走でゴールに飛び込んできた。

2021年に挑む川内優輝の走り方

想定どおりの走りはできたが、悔しいレース。思えば、世界陸上ロンドンのときもそうだった。涼しい日が続いていた期間中、マラソンの日だけが暑かった。川内優輝にとって世陸の天気は悪女のように微笑まない。

2019年12月1日におこなわれる福岡国際マラソンが、2021年世界陸上ユージーンに向けた仕切り直しのレースだ!

 

PHOTO& TEXT Takeshi Nishimoto@EKIDEN_News 福岡県出身、渋谷のラジオ制作部長。メタボ対策ではじめたジョギングがきっかけで箱根駅伝と陸上にハマってしまう。フルマラソン 3時間12分。

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