2019年9月15日には東京2020オリンピックのマラソン日本代表選考レースであるMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)が、9月27日~10月6日にはドーハで世界陸上が開催される。
残暑が予想される東京と、砂漠地帯の都市であるドーハで行われるマラソンは、選手にとっていつも以上に過酷なものとなることが予想される。上位を目指すにはトレーニングだけでなく、暑さへの対策も重要なポイントになってくる。

同様の問題が心配される2020年の東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会を見越して、選手たちの負担を少しでも軽減しようとアシックスが新ウエアを開発した。新しいウエアに隠された数々の革新的アイデアを、アシックスジャパン プロダクトマーチャンダイジング部の臼井聖児と、水口さやかが解説する。

ただメッシュにすれば良いわけではない。過酷な暑さを乗り切るべく生み出された秘策

アシックスジャパンプロダクトマーチャンダイジング部の水口さやかと臼井聖児。選手の声をもとにユニフォームの開発を進めている。

――川内優輝選手がドーハで試走をしている様子をSNSで発信していましたが、レースを目前に暑熱対策を行っている選手は多いと思います。ウエアについて要望などはあったのでしょうか。

水口さやか(以下、水口) 要望は多かったですね。これまでのレースで言うと、たとえば井上大仁選手はウエアやゼッケンに独自で工夫して穴を開け、ウエアが肌にはりつきにくくしていましたし、給水所で水をかけて体を冷やす選手も見受けられるなど、選手それぞれが工夫をして、暑さをコントロールしていました。そこでアシックスとしては、涼しさを体感できるウエアを作ることで、選手たちをサポートできないかと考えました。

臼井聖児(以下、臼井) 高橋尚子さんがシドニーオリンピックに出た頃にも、暑さ対策のウエアを作ったことはありました。ただ、当時は「暑いんだったら、涼しくすればいいじゃん。全部メッシュにしよう!」という単純な発想だったんです…。

水口 世界陸上が行われる時期のドーハは平均最高気温32度、最低気温でも25度。東京も毎年記録的な暑さですから、それに対応するためには、もっとシビアに考える必要がありました。特にマラソンは体温の変化が激しいので、それを効果的に抑えるような機能を投入しようということになりました。

臼井 そこで考えたのが、メッシュの配置です。全体をメッシュにするのではなく、体表面温度が高くなりやすい胸、背中中央と、風が通りやすく体表面温度が下がりやすい両脇はメッシュを大きく、そのほかのところはメッシュを小さくすることで、空気の対流を生み、風通しが良くなるような取り組みをしてきました。

ユニフォーム
今回開発されたメッシュパターンが採用された、世界陸上ドーハのユニフォーム(左)。前回大会のユニフォーム(右)に比べると、メッシュの大きさに大小があることがわかる。

水口 風の抜け方については、アシックスのスポーツ工学研究所で通気性のテストを繰り返し行い、メッシュの配置を変えることで、どのように、どのぐらいの量の空気が抜けるのかを仮説、検証、分析して、最善策を模索し続けてきました。

臼井 このメッシュの配置や大きさを決め込むまでは、本当に苦労しましたね。

着心地が選手のパフォーマンスにも影響を与える

着心地が選手のパフォーマンスにも影響を与える
世界陸上の前回大会に比べ、生地のやわらかさにもこだわったという、世界陸上ドーハのユニフォーム
――これまでのユニフォームと比べると、一般のランニングウエアのように生地がやわらかくなっているのも驚きました。

臼井 通常メッシュのウエアを作ろうとすると、メッシュの生地を裁断してから縫製するのですが、今回はジャガードを採用することで、編工程でメッシュ柄を生成し生機を作成、その後、縫製をしています。素材がやわらかいので、マラソンにありがちな「ウエアが擦れて痛い」というリスクを減らすこともできます。ただ、これはすごく高い技術力が要求されました。

水口 商品全体にはっ水加工を施したのも今回のこだわりです。今までのウエアは吸汗性&速乾性のある素材を使っていたのですが、マラソンでかく汗の量は尋常ではないので、生地が吸汗して速乾するスピードが限度を超えてしまうんです。汗を吸ったウエアは重くなり、生地が肌にベトベトはりついているのでは、不快感に繋がり、選手のパフォーマンスにも影響を与えます。それならばウエアにはっ水加工を施して、かいた汗は下へと流し、ウエアはサラサラの状態をキープする方がパフォーマンスを邪魔しないのではないかと考えたんです。

臼井 これならばこれまでのアイテムと比較した際、汗を吸収しない分、軽さを感じたままゴールまで走りきれる。風も通り抜けるし、裸で走るよりも涼しく快適に走れるのではないかと思っています。

――選手からの反応はいかがですか?

水口 既に複数の選手に試着いただき、レース本番でも着たいという声を多くいただいています。

ユニフォーム
世界陸上ドーハに向けてデザインされたユニフォームのベーシックなもの(左)。世界陸上ドーハのユニフォームのなかでも、長距離の選手向けに開発されたのが、風の流れが生まれるようにメッシュパターンが施されたもの(中央)。MGCでアシックスの契約アスリートが着用するユニフォームにも同様のメッシュパターンが施されている(右)。

臼井 ただ、僕らはまだ完成途中だと思っているんです。日々アップデートするというのがアシックスのものづくりの理念で、東京2020オリンピック・パラリンピックに向けて、改良の余地はまだまだあると考えています。

ユニフォームと同じく、アップデートを続けるレプリカウエア

アシックスの応援グッズ
サンライズレッドという独特の赤色が施されたアシックスの応援グッズ。こちらも着心地などが毎回アップデートされている。

――毎回、代表のウエアが変わるたびに一般向けに販売されるレプリカウエアも刷新していますよね。

水口 もともとレプリカウエアは、サッカーのサムライブルーのように、陸上のテーマカラーを定義して、広げていきたいという思いから2015年にサンライズレッドという赤い色を決めたところから始まりました。だからデザインは変わりますが、キーカラーはずっと同じなんです。

臼井 元陸上競技の選手で、選手プロモーションを担当している者が企画をしたんですけど、当初は「そんなもの受け入れられないだろう」という意見が大半だったんですよ。ただ彼の思いは熱くて「絶対にやりたいんです!」という熱意に押されて、試しにやってみようとなりました。4年経って、ここまで陸上界に浸透したのは、われわれにとってはとてもうれしいですね。

水口 サンライズレッドはすごく不思議な色なんです。陸上のトラックには青と赤茶色があるのですが、青はともかく、普通は赤茶色と赤は同化しがちなんです。だけど、この色は赤茶色のトラックでもすごく目立つんですよ。

臼井 陸上競技は個人競技が多いですよね。たとえば、サッカーの試合ならば客席は2つのチームカラーで染まりますが、陸上競技はグラウンドの色々な場所で、同時に違う競技を行なっていることもあって、選手が自分のことを応援してくれているんだという実感が湧きにくい。でもサンライズレッドの色が目に入れば、選手たちも自分への応援を実感できるというわけです。

水口 「陸上にも応援文化を作りたい」という想いからスタートして、最終的には世界大会でサンライズレッドでスタジアムを染めて、選手との一体感を作るというのが私たちの夢です。

臼井 色だけでなく、吸汗・速乾性のあるやわらかな素材で、縫い目もフラットにしているので着心地にもこだわっています。

水口 今では試合のスタンドでたくさんの方がレプリカウエアを着てくださっています。スタジアムに限らずロードでMGCの応援をするときや、パブリックビューイングで世界陸上を観戦するときにも着ていただき、応援自体を楽しんでもらえたらうれしいですね。

 

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臼井 聖児(うすい せいじ)
アシックスジャパン プロダクトマーチャンダイジング統括部 プロダクトマーチャンダイジング部コアパフォーマンススポーツアパレルチーム所属。ウエアのテクニカル部分を担当。スポーツマーケティング部からの要望やヒアリング結果をもとに、社内のデザイン部門、生産・技術部門などと調整。選手のパフォーマンスを考慮した仕様、素材などの追求に余念がない。

水口 さやか(みずぐち さやか)
アシックスジャパン プロダクトマーチャンダイジング部コアパフォーマンススポーツアパレルチーム所属。学生時代に陸上を経験しており、ユーザー目線を生かして、臼井とともにウエアのテクニカル面の開発に携わる。

 

Photo:Tetsuya Fujimaki
TEXT:Junko Hayashida(MO'O)