2019年9月27日から開幕した「世界陸上」。2年に1度行われる世界最大級のスポーツイベントで、オリンピックやサッカーW杯を超える200以上の国と地域から、約2000人のアスリートが集結する。17回目の開催地はカタールの首都ドーハ。砂漠気候で、年間を通して雨はほとんど降らず、6月~9月までは酷暑。最高気温が45℃を超えることも珍しくない。

そんな灼熱の地で行われる熱い戦いを、熱い陸上ファンの1人、そしてコアなメディアとしても活躍する西本武司さん(@EKIDEN_News)にレポートしてもらう。MGCもみていた西本さんだからこそ、ドーハで気づけたこととは。

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MGC(マラソングラントチャンピオンシップ)のスタートラインにならぶ女子選手をみて、「おやっ」とあることに気づきました。
ちょうどこの写真を撮っているときです。

男子選手の20分後のスタートですし、暑さのためスローペースになることはわかってる。つまり女子マラソンはゴールに近づけば近づくほど気温や日差しの条件は悪くなることは当然織り込み済みです。それだけに、どの選手もキャップとサングラスをつけ、この日のために暑熱対策を徹底的に考えてスタートラインに立っています。

「おやっ」と思ったのはピンク色のユニフォームの選手ふたりの選手。
MGC女子1位、3位に入った天満屋前田穂南選手と小原怜選手のユニフォーム姿。

「ランシャツがランパンツにインされていない」

お前、細かすぎるよ。とツッコミたくなる気持ちはよくわかります。よくわかりますけど、他の選手はちゃんとシャツをインしてるんです。陸上競技のスタートのときによく係員の方から「選手はシャツを中に入れるように」と声がかかります。
シャツを出すと腰に貼った腰ゼッケンが見えなくなるから、周回計測に支障がある。というのがその大きな理由なんでしょうが、「スタート時にはランシャツは中に入れること」は、とりわけ女子選手に対しては不文律のようなもの。

これまで数々のオリンピックマラソン代表を送り出してきた天満屋というチームはそういうことに厳しそうだぞ。と、勝手なイメージをもっていただけに(すみません!)
これはちょっとした衝撃でした。

ふたりそろってシャツを出す。しかも、そのふたりは1位と3位に入る。
(2位の鈴木選手も同じアシックスのユニフォームだ)

これはファッションや偶然ではなく。「シャツを出すことも戦略のひとつ」ではないか?と。そして、ユニフォームの生地をよく見ると、流行の速乾性素材の生地ではなく、大小さまざまな細かな穴がデザインされるように空いている。

ここに、開発者の方が語る素材やメッシュの工夫が書かれているがいまいち、実感がわかない。
旧知のアシックスの方に頼み込んで、このサイトにもある、ブルーのサンプルをお借りして猛暑の砧公園のクロカンをジョギングしてみたのです。

まず、着てびっくりすることが、シルエットがタイトでないこと。

通常、この手のレーシングシャツは、走り込んで絞り込まれた長距離選手のシルエットにあわせてかなりタイトな着心地になるものですが、この夏、暑すぎて全く走れず、かなりぼんやりしてしまった、ぼくのような中年体型でもランシャツが身体をしめつけるわけでもなく、裾がストンと落ちるのです。

そして走り始めると実感するのが、汗がたまらないこと。これまで胸と腹筋の間、背中の背骨に沿ったあたりから、汗がたまりはじめて、そのうちに広がっていき、じっとりTシャツが身体にまとわりついて重くなっていく。

そういう不快な夏のランニングライフを過ごしてきましたがこのシャツは違う。発汗していくのではなく、つねにはっ水していくシャツだから汗がたまらず、身体にまとわりつかない。

さらにストンの裾が落ちるほど余裕にあるシルエットだから、一歩踏み出すごとにシャツと身体の間にすきま風がうまれるのです。走りながら、ベンチレーションも行う。
F1の回生ブレーキのようなことがこのウェアだと実現することができるのです。

大小さまざまなパターンのメッシュ穴が空いているため、見た目には固めな素材に思えるのですが、これが柔らかい。ウェアが擦れて痛いということもない。

MGCやオリンピックマラソンで、ウェアに大きく穴をあける選手をみかけます。
おそらくそのウェアは速乾性をもとめた素材。その素材は日常生活をする上では効果的なのですが、走って汗をかくだけでなく、頭から水や氷をかぶったりする真夏のマラソンや競歩の現場では速乾性が追いつかず、水を吸い込んだ単なる重しにしかならない。
いくら穴をあけてはいても、その手のウェアは身体にぴったりとくっついてしまいますから不快感はぬぐえません。

マラソンはメンタルなスポーツ。走っている真っ最中に走り以外のことを、気にかけている場合ではないのです。

話をMGCに戻すと、天満屋の二人はシャツをパンツの外に出すことで、このウェア特性を活かそうとした。そういうことが実際に自分で走って感じたのです。

そして、ドーハ世界陸上初日の深夜。女子マラソンが行われました。春にアジア選手権取材にドーハに来たときも暑かったですが、10月のドーハの暑さはまた別物でした。
昼と夜では違った暑さなんです。昼は乾燥してるけど、気温が高いのに対して夜は気温がそれほどではないけど、とにかく湿度が高い。立ってるだけで汗が吹き出して、汗が目に入ってカメラをかまえるのもママではありません。選手も次々とリタイヤし、救護室に運ばれていきます。完走率は過去最低の58.8%という過酷なコンディションの中、中盤からじわじわと選手をひろっていき、2時間39分09秒で7位入賞を果たしたのは谷本観月選手。

所属をみて「うわっ」と思いました。
「この選手も天満屋だ!」

谷本選手のユニフォーム諸熱対策は、MGCをさらにうわまわるものでした。
まず、ユニフォームの裾を大胆にカット。ベンチレーション効果を活かしつつも汗がたまりやすい胸、脇、背中に大きな穴を。
選手自身が選択したことだが、現地の厳しい条件もありアシックスとしても事前の想定を越えた対応でした。来年に向けて試合後の選手にしっかりヒアリングしなければならない、とアシックス担当者も述べています。

手を加えたのはユニフォームだけではありません。ゼッケンもスポンサーロゴ、名前が判別できるよう穴が通気穴を無数にカット。(器用なスタッフがいるに違いない!)
多くの日本人選手がランパンを履くなか、ランパンが水分を吸って重くまとわりつくのをさけるためか、ショート丈のタイツをセレクト。

天満屋というチームには「ルールの範囲内で準備できることは徹底的にやる」そういうポリシーをユニフォームひとつからも感じとれます。

世界陸上、そして東京オリンピック。日本代表となる選手はシューズのようなギアは、自分たちが好きなものを選ぶことができます。いっぽうでユニフォームは提供されたものしか着ることはできません。

だからこそ、メーカー側は「暑さ対策でできることをすべてやる」。このようにイノベーションが詰まったウェアが生まれたのでしょう。ドーハという過酷な環境は、スポーツカーが過酷なニュルンベルグでテスト走行をするようなもの。来年2020年の夏は今回のフィードバックをもとに、さらなるウェアが開発されるものと思います。

このウェア。8月の北海道マラソンなどで使いたい市民ランナーは多いだろうなあ。
アシックスさん、早めの商品化よろしくおねがいします!

 

PHOTO& TEXT Takeshi Nishimoto@EKIDEN_News
福岡県出身、渋谷のラジオ制作部長。メタボ対策ではじめたジョギングがきっかけで箱根駅伝と陸上にハマってしまう。フルマラソン 3時間12分。

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