猛暑が続き、ランナーには辛い時期がやってきました。

――厳しい気象条件のなかで、いかに快適な走りをサポートするか。

日本代表オフィシャルウエアを手がけるアシックスは、2019年世界陸上競技選手権大会(以下、世界陸上ドーハ)からずっとこの課題に取り組み続けてきました。

その集大成となったのが、今年行われた2022年世界陸上競技選手権大会(以下、世界陸上オレゴン)で陸上日本代表が着用したユニフォームです。

なかでも今回は、軽量性、快適性、通気性を追求したシングレットに隠されたアシックスの最新技術について、開発に携わった門馬弘一(デザイン担当)、吉竹潤二(開発担当)、越田まなみ(アシックススポーツ工学研究所/研究開発、検証担当)の3人に聞きました。

陸上日本代表も感激のオフィシャルウエアとは?

世界陸上オレゴンで日本代表選手たちが着用したユニフォーム
世界陸上オレゴンで日本代表選手たちが着用したユニフォーム。朝日が昇る力強さをイメージした鮮やかなキーカラー「サンライズレッド」が印象的。

――2019年に行われた世界陸上ドーハではあまりの暑さで、棄権者が続出しました。あの大会の前後から、トップアスリートも市民ランナーも暑熱対策への意識が大きく変わった気がします。

吉竹潤二(以下、吉竹) そうですね。ドーハは日中40度を超えることもあり、大会前からマラソンや競歩などの長距離競技において、いかに暑熱対策を行うかがウエア開発でも大きな課題でした。

越田まなみ(以下、越田) そこで活かされたのが、アシックススポーツ工学研究所で研究をしてきた「アシックスボディサーモマッピング」です。これは運動中、体のどの部分の体温が高くなるのかを分析して、ウエアのどこにどのぐらいの大きさの通気孔を開ければ、効率的に衣服内湿度を下げられるかをマッピングしたものです。これを忠実に反映した独自の機能構造が「ACTIBREEZE(以下、アクティブリーズ)」です。

吉竹 世界陸上ドーハの日本代表ウエアが、通気にフォーカスしたシングレット開発のスタートでしたよね。

越田 はい。ところが実際のレースを見ていたら、改善点があることに気づきました。それは走っている選手の体にウエアが張り付いていたことです。無意識なのでしょうが、実際のレース中も選手がウエアをはがすような仕草をしていました。

吉竹 ゼッケンをしているのである程度は仕方がないのですが、それでもレースを見ているとウエアが選手のパフォーマンスを損ねているように見えましたよね。

どう変わった? 陸上日本代表ウエアが完成するまで

越田 そこで東京2020オリンピック競技大会では、穴の位置をアップデートしました。レース後、出場選手からは、「ユニフォームが軽くなった」「肌の上をさらさらと流れるような感じだった」と好意的なフィードバックをいただきました。

でも、やっぱり背中やお腹にウエアがべったりと張り付いていて……。そこで私たちは選手が走るときに起こる風が原因ではないかと仮説を立てました。トップランナーは時速約20kmで走っています。速く走ることで起こる向かい風で、ウエアが肌に張り付き、それがさらなる空気抵抗を生むのではないかと考えたんです。

――確かにスピードが速くなれば、風の抵抗は大きくなりますよね。

吉竹 そこで今回は、選手たちの走行動作に着目をしました。

越田 ヒントになったのは、風を受けてクルクルと回るバーチカルカーテンです。風が吹いたときに、縦方向にスリットのあるバーチカルカーテンは風を通しますが、横方向にスリットのあるブラインドは窓に張り付きますよね。そこでこの構造を参考に、メッシュを縦方向に配置することにしました。プロトタイプを被験者に着てもらい、気温30度、湿度50%の環境で走ったときの風の抜け方を何度も計測して、少しずつ穴の位置を変え、完成したのが今回のウエアです。

大小さまざまな通気孔が配置された長距離競技用のユニフォーム
大小さまざまな通気孔が配置された長距離競技用のユニフォーム。色違いのモデルが一般向けに販売されることもあり、商品化にあたってのウエア強度テストの厳しい基準もクリア。

吉竹 走っている選手が受ける風を、ウエアの内側から背面へス~ッと流すために考えられた配置で、衣服内を常に空気が循環して、快適性を保てるようになりました。また、袖ぐりを深くすることで、肩甲骨や肩まわりの不快感も軽減しています。

門馬弘一(以下、門馬) 今回、世界陸上オレゴンのマラソンをテレビで観戦していましたが、汗だくになるレース後半でもウエアが風になびいていたので、うまく空気が抜けているなと感じました。

吉竹 ただ、穴に関しては、アシックスが設ける強度の基準を満たす必要があって。この厳しい基準をクリアするのが大変でしたね。

越田 穴を大きくすれば通気は良くなるんですけど、一方で生地が破れやすくなってしまう。最後は門馬が、編み地の配置をデザイン調整してくれて、ようやくクリアできました。

――今回は軽量性にもこだわったと伺いました。

吉竹 はい。まず、ドーハではダブルラッセルという2枚仕立ての生地を使っていましたが、1枚仕立てにして軽量化を図りました。また、これまでは前身ごろと後身ごろを縫い合わせていましたが、今回は筒状に裁断した生地を背中で縫い合わせています。これによって軽さだけでなく、走っている時に縫い代で肌がすれる違和感も緩和できました。

門馬 プロトタイプができるたびに、料理で使うデジタルクッキングスケールに乗せて計量して、改善しての繰り返しでした。ちなみに、短距離種目のウエアも軽量性にこだわっていて、東京2020オリンピック競技大会の時よりもLサイズで27gも軽くなり、なんと約51g。

短距離種目用のシングレット
一部の報道では「卵1個より軽い」と言われるほどの軽さを実現した短距離種目用のシングレット。

――27gも軽くなったというのは、すごいですね。

吉竹 ですが、ただ軽いだけではダメなんです。大切なのは汗をかいた時に軽いかどうかです。

越田 選手もウエアもスタートラインはパーフェクトな状態です。ただ、そこから距離や時間が長くなるほど、コンディションは悪くなっていく。選手は筋肉が疲労し、汗をかいて体力を消耗していきますし、ウエアは汗を吸って重くなっていきます。

門馬 特に最近のマラソンレースでは、30~35kmまで力を温存して、そこからどれだけラストスパートをかけられるかで勝負が決まります。一番過酷なラストスパートで、ウエアが汗を吸って重ければ、パフォーマンスに大きく響きます。

越田 ウエアが濡れるのは汗だけではありません。暑熱対策で水をかぶったり、帽子の中に入れた氷が溶けたり、水分を吸ったウエアはどんどん重くなっていきます。

門馬 ところがこのウエアは、はっ水加工が施されているので、水をはじきます。いくら汗をかこうが、水をかぶろうが、はらえば雫が下に落ちる。汗も水もどんどん下に垂れ流せるんです。

越田 だからレース終盤になってもウエアが重くなりにくいんです。35km過ぎからの一番過酷な状況で負荷なく動けるウエアになっています。

門馬 この先、どう開発をしたらいいのか分からないぐらい、優れたウエアだと自負しています(笑)。

日本代表ウエアと同じテクノロジーを市民ランナーにも。

(左)長距離用ウエア:シルエットなどはそのままに無地のものが一般発売される。(右)短距離用ウエア:一般向けに日本代表ユニフォームのレプリカ版が発売される。

――そのウエアと同じ性能のものが今回、発売されるんですよね。

吉竹 長距離用ウエアは色違いを、短距離用は日本代表ユニフォームとほぼ同じデザインのものが販売されます。

門馬 着用してもらうと、ウエアがいかにパフォーマンスに影響を与えているかがわかってもらえると思いますので、ぜひ一度試してみていただきたいですね。

暑さによる不快感を排除してくれるウエアは、酷暑でもトレーニングに励むランナーの強い味方になってくれるはずです。ウエアにもこだわって、日々のパフォーマンスを高めていただけたらうれしいです。

Photo:Tetsuya Fujimaki
TEXT:Junko Hayashida(MO'O)