FlyteFoam

なにをもってシューズの善し悪しを判断するかは、大いに意見の分かれるところだろうが、こと“履き心地”にフォーカスするのであれば、“ミッドソールの機能性”がひとつの指針になることは、間違いないだろう。その点アシックスは、長年、ミッドソールの開発にひときわ心血を注いできたという背景を持っている。たとえば一部の高機能シューズに採用されている「ダイナミックDUOMAX」は、硬度が2段階に違うフォーム材の境目を波状にして、より突き上げ感の少ないスムーズなライド感を得られる設計がなされている。


そもそもシューズの進化の歴史において、ミッドソールはいつごろ、どのような時代背景(あるいは時代の要請)から生まれたテクノロジーなのだろうか。アシックススポーツ工学研究所の立石純一郎(フットウェア機能研究部 フットウェア材料開発チーム マネジャー)が、この問いに答えてくれた。


立石 現在のミッドソールの源流となっているのは、E.V.A.(エチレン酢酸ビニル共重合体)という素材です。接着剤やフィルムコーティング剤の原料として知られる材料ですが、1970年代中ごろに、E.V.A.に空気を含ませてスポンジ状にする技術が開発され、ビーチサンダルのソールとして使われるようになりました。

1950年代前半まで、スポーツ用シューズの靴底は、ゴムスポンジが一般的でした。ゴムスポンジというのは重たくて、色も輪ゴムのような一色のみだったわけですが、70年代にアメリカでランニングブーム(当時はジョギングブームと呼ばれていた)が起こったことで、よりカラフルで機能性に富んだシューズへのニーズが一気に沸き起こったんです。裏を返すと、ファッション性を向上させ、同時にケガの防止にもなる、より軽くてふかふかしたソールの素材開発が、全スポーツシューズメーカーにとっての喫緊の課題となりました。そんなときに登場したのが、当時自動車の部品や運搬用の衝撃緩衝材で使用されていた、E.V.A.をスポンジ状にして靴底に用いる技術だったんです。アシックスでは1974年にマラソンシューズ(OHBORI)と陸上スパイク(タイガーパウDSー5700)にE.V.A.を採用しました。

そこからは開発競争が始まり、「より軽く、しかし耐久性がある」という材料の開発の研究を、日進月歩でやっているのが現状です。


立石純一郎

立石純一郎 | Junichiro Tateishi

1979年静岡県生まれ。フットウェア機能研究部 フットウェア材料開発チーム マネジャー。FlyteFoam®の開発を始めてから山形大学大学院に通い、2017年3月に博士課程を修了。工学博士(高分子発泡成形)。


——70年代にアメリカで起きたランニングブームが、ミッドソールの誕生と進化の遠因になっているとは!


立石 そうなんです。ランニング人気に火が付いた一方で、ケガをする人も現れ、社会問題にもなったようです。それを受けてアシックスでも、シューズの重量を下げる研究や、走行時の足の傾き(プロネーション)を抑える研究がスタートしました。それがいまのアシックススポーツ工学研究所(ISS)へとつながっているわけです。


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ミッドソールに関していうと、反発力を上げようという材料開発の流れもあります。ただそれは、ゆっくり長く走るためのランニングシューズではなく、速いペースで走る人のためのシューズの、前足部に用いられている技術です。反発力でストライドを伸ばすことを促すもので、アシックスでいえばSpEVA(スピーバ)という材料が開発されています。

ぼくがいま携わっているのは、そうした高反発材料の開発ではなく、いかに軽量化するかという方向性の研究です。アシックスには既に、Solyteという軽量でクッション性に優れたオリジナルの材料があります。E.V.A.スポンジと比べて約半分の軽さなのに、衝撃緩衝性は約20%アップという非常に優れた材料です。このSolyteを少しでも上回る材料を開発したいという思いが最終的に結実したのが、FlyteFoam®です。


フライトフォーム

物質の声を聞け!

——FlyteFoam®の開発は、いつごろスタートしたのでしょうか?


立石 2011年です。日本のトップランナーが100㎞走っても、まだ足取りが軽いようなシューズ、いわば戦闘機のようにスペシャルなものを作りたいというイメージがまずありました。そうした機能を持つスペシャルなシューズを1足2足作ることは、ウチのカスタム生産部ならできるかもしれません。


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しかし、年間数百万足を安定して作ることを考えると、軽さを追求しつつ、クッション性と耐久性を担保することがどれだけ難しいことなのか、考えてみるまでもありませんでした。軽さ、クッション性、耐久性……。これらは相反する要素ですからね。

そこで、ここISSでひたすら材料の開発を積み重ねました。その過程では、生産工場の人や海外工場に駐在している人など、社内のネットワークを使った情報交換を積み重ねました。


——FlyteFoam®には、具体的にどのような特徴があるのでしょうか?


立石 E.V.A.とは異なるポリマーにファイバー(繊維)を添加することで、E.V.A.と比べて約55%の軽量化を実現したのと同時に、ファイバーのアシストによって、耐久性とクッション性も発現しています。

開発段階では、繊維の効果をしっかり発現させることがなによりも困難でした。どのタイミングでポリマーとファイバーを混ぜたらいいのか、どれくらいの量を混ぜたらいいのか、なかなか計算できないので、ひたすら実験を繰り返しました。ワンオフのスペシャルなものを作るのであれば、作る場所も作り方も固定できるのですが、量産化となると、レシピを定量化しなければならないので、狭いスイートスポットをどう広げるのかに、とても苦労しましたね。まあ、こうした材料の開発を、自社でできることがアシックスの強みではあるのですが。

実際のところ、物質というのは素直だし理屈が通るんです。ただ、その理屈をぼくらが理解してあげられないだけで。たとえば材料を混ぜているとき、音や匂い、あるいはほかのかたちで物質は信号を出しているのですが、それをキャッチできないのはこちらの責任なんです。だから、少しでもモノのことを知ろうと思って、FlyteFoam®の研究に携わってから、大学院で高分子の発泡について学びました。3年かけて博士号をいただいたのですが、おかげさまで、サイエンティフィックな部分と五感のミックスに磨きがかかったと思います(笑)。


ソールのパーツ

「重量をシェアする」独特の観点

——材料を自社で開発できることがアシックスの強みであると仰いましたが、そのほかにも、FlyteFoam®の開発中に“アシックスならでは”の強みをなにか感じましたか?


立石 それでいうと、アシックスは “ハイブリッドデザイン”が得意だということを、改めて実感しました。一足のシューズには、樹脂製のトラスティックが中足部に入っていたり、カウンターがかかとに入っていたり、GELが入っていたりします。これらは、性能を引き出すアシックスのシューズの根源といえる重要なストラクチャーなのですが、当然、パーツが増えれば重量が増えるわけです。

スポーツシューズの場合、軽ければ軽いほどいいということは、科学的に証明されている事実です。シューズの重量を1グラムでも削ることは、パフォーマンス上好ましいことなんです。

ですから、いかにトータルパッケージとして重量を下げるか、ということが重要なミッションになってきます。そうすると、あるパーツで1グラム削ったことが、後々効いてくることもあるわけで、この「重量をシェアする」観点が、アシックスのスポーツシューズ開発のひとつの独自性につながっていると思います。


MetaRun

*初期モデルは2015年に11月に発売された。


——FlyteFoam®は、世の中にどのようなインパクトをもたらしたとお考えですか?


立石 先程も申し上げましたが、1グラムでもいいからシューズが軽くなると、より長く、楽しく走れるわけです。ですので、一流のアスリートから「今日からランニングを始めました」という人まで、一歩まで長く、楽しく走ってくれたら嬉しいですし、そこに少しでも貢献できればなによりです。

材料的なことでいうと、それこそ戦闘機に使っていたFRP(繊維強化プラスチック)が、やがてF1で使われ、高級車で使われ、ようやく大衆車にも使われるようになった……という流れと同じことが、より短いスパンで起こっているのかなと思います。それに伴い、そのほかの材料も研究が進み、いいスパイラルができていると思います。つまり、トップアスリート向けに開発された技術を、エンドユーザーが時間を空けずに享受できる時代になったわけで、FlyteFoam®も、そうした文脈で捉えていただいてもいいかと思います。

もうひとつ、FlyteFoam®の材料は、いうなればポリマーと空気です。コンベンショナルな別パーツが60グラムで、こちらは37グラム。つまり、使っている樹脂の量は半分以下なんです。そういう意味では、ものすごいサステイナビリティな材料だと思います。単純にバイオ材料を使いましょうとか、土に返しましょうということだけがエコではありません。いかに使う重量を減らすか、という視点も大切だと考えています。FlyteFoam®はそれを具現化しているわけなので、その方面からも、注目していただければ嬉しいです。


——FlyteFoam®というひとつの到達点を作ってしまった以上、今後のハードルはさらに高く、険しくなるのではないでしょうか?


立石 その点は心配ありません。当然、次のステップは考えていますよ。ISSにはいろんなアイデアを持った多くのスタッフが日々研究に励んでいます。ミッドソールを進化させる方向はいろいろあるので、いまはいろいろ試している段階です。2020年が、ぼくらにとって大事な年であることは間違いないので、そのあたりを楽しみにしていただければと思います。

Text by Tomonari Cotani   Photo : Koutarou Washizaki

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