身体への負担を低減することで、より長くランニングを楽しむ。これまでにない視点で開発された「METARIDE」が初めてのコラボレーションモデルとして、建築家の隈研吾さんと協同した「METARIDE AMU」を発表した。
「METARIDE」の機能をもとに、隈さんから提案された竹の編み技法「やたら編み」をモチーフにして生まれた「METARIDE AMU」とはどのようなシューズなのか。

隈研吾「大地と人をつなぐシューズが、これからの社会でより強く求められるでしょう。」

―今回の依頼を受け、どのように思われましたか。

もともとスニーカーに興味をもっていました。というのも、僕の建築において人間と大地がどう繋がるかが大きなテーマのひとつだからです。僕にとっては、建築によって人が大地から切り離されることに違和感があり、人は大地とつながることで安らぎを覚えるものであると考えています。大地と人を結ぶ接点という意味で、スニーカーには建築以上の可能性を感じていました。ですから依頼をいただいた時は非常にワクワクしましたね。

―建築とシューズの共通点は他にもありますか。

私たちは建物を設計するうえで、人がどのように動き、なにを感じるかを分析しながら作業を進めます。それは人間工学的なアプローチでデザインされるシューズとなんら変わりません。今回特に興味を惹かれたのはミッドソールのフォーム材にセルロースナノファイバーが用いられている点です。これは木材由来の繊維素材ですが、そうした素材が優れたクッション性と耐久性という相反する機能を両立させるというアプローチが実にいいですね。そして記録やスピードを追い求めるだけでなく、エネルギー消費を抑えて長くスポーツを楽しむという発想にも強く共感しました。これからの都市はモータリゼーションからウォーカブルの時代へと変化していきます。人が街と直に向き合うため、シューズに求められる役割は増す一方ではないでしょうか。

―今回はデザインモチーフに〈やたら編み〉を採用されました。規則性にとらわれず縦横無尽に竹を編む手法ですが、これに着目されたのはなぜでしょうか。

私は面でなく線を使って空間を作ることで、空間に光や風を取り込みたいと考えてきました。伝統的な技術であるやたら編みは、それを実現する素晴らしいモチーフのひとつです。もともと日本の文化は線を繋いできた文化でした。一本では弱いが集合体になることで線は強さを獲得します。繊細さと機能性を兼ね備えたやたら編みのアプローチは、今日的なデザインとも相性が良いですね。私も建築を設計する時には、素材の線的な集合から生まれるやわらかさを表現し、ふわっと優しい建築を目指しています。線から生まれる優しさ、やわらかさはこれからの建築においてますます重要な要素となるでしょう。近頃は統合を意味するインテグレーションという思考がさまざまな分野で用いられますが、多様性を尊重しながら集合知を得ることもまたきわめて現代的な手法であると思います。

―今回のシューズのデザインに込めた思いをお聞かせください。

21世紀の幸福とは、なにより身体が健康であること。これからの生活には健康の維持が欠かせません。つまりシューズは、これまで以上に生活の基盤としての役割が期待されます。そして同時に、シューズはもっと人の暮らし方を定義できる可能性を秘めたものです。アシックスが掲げる〈ヒューマンセントリック(人間主体の)サイエンス〉に僕も共鳴しています。今回のプロジェクトは、人と建築のこれからの在り方のお手本になるように感じました。

 

プロフィール
KENGO KUMA
隈 研吾
1954年神奈川県生まれ。東京大学建築学科大学院修了後、コロンビア大学客員研究員を経て、隈研吾建築都市設計事務所設立。国内外で数多くのプロジェクトが進行しており、その土地の文化や環境に溶け込む建築が高く評価されている。現在、東京大学教授。

 

アシックス 開発・立野謙太「原点に立ち返って得る進化もある」

開発を担当した立野謙太(アシックス パフォーマンスランニングフットウェア統括部 開発部パフォーマンスランニング開発チーム)に聞いた。

― 「METARIDE AMU」はどのようなシューズですか?

メタライドは2016年末から開発が進められ、2019年2月に発売されたアシックスとして最新技術のソールで走りをサポートするシューズです。今回は初のコラボレーションモデルとして、建築家の隈研吾氏と協同開発を行っています。隈さんから提示された「やたら編み」という竹を編む技法をモチーフに取り込み、ホールド性能を高めて足がブレにくいモデルを開発しました。ランダムに竹を編むことでしなやかな剛性をもたせるモチーフに合わせ、線が重なることで面をつくりだし、フィットさせるための工夫を行いました。足入れした時の静的なフィット、そして走行時の動的なフィットの両方を実現させるモデルとなるよう注力しています。

― 隈氏との開発はどのように進められたのでしょうか。

当初、隈さんからいただいた「立体繊維」と「やたら編み」という2つのコンセプトをベースにデザイン画を展開していきました。試作数はもっと多いのですが、隈さんに確認いただくために立体繊維を用いたモデル4案、やたら編みをモチーフにしたモデル6案の計10案を最初の提案でお見せしています。ここで隈さんからさまざまなアイデアや指摘を受けていますが、そのなかでご自身が靴紐を結ばなくてよい靴が好みで靴紐のないモデルや紐を結ばなくてよいモデルを作れないかとのお話もいただきました。これは難易度が高い要望です。というのも、靴紐をしっかり結ぶことは靴のフィット性につながり、中足部から足首の根元をホールドしてぶれにくくする機能を果たしています。しかし私としてはぜひそれを実現したいとの思いもあり、モノソック構造ベースにクイックシューレースを用いる案を発展させていくことにしました。

― やたら編みの意匠はどのように取り込まれたのでしょうか。

実は、最終的に靴となったこの実際に編み込まれたやたら編みデザインは当初の打合せで決まっていたデザインベースのものではなく,開発途中に浮上したデザインだったんです。打合せの際に隈さんより、アシックスストライプからやたら編みを連想していただいたと聞き、アシックスストライプももともとは機能から発展した意匠で、紐締めに効果をもたらすものとして考案されたものですから、それはぜひ実現したいと考えました。

― 開発の具体的な過程を教えて下さい。

まずは3Dプリンターで靴型を作り、それを使いながらアッパー材を覆うやたら編みモチーフのライン材の配置を、実際に手で編み込みながら模索していきました。フィッティングに効果的な位置はすでに研究で調べられていますから、それをもとに編みの要素を展開していきました。交点が多くなりすぎては厚みが出て、足当たりに繋がってしまうので、交点を最小に抑えながら最も効果的な配置を探っていったのです。

―今回のコラボレーションで学んだことを教えて下さい。

「原点に立ち返って得る進化もある」ということです。今回のコラボレーションでは、アシックスとして最新技術のソールに組み合わせるアッパーを開発していきましたが、やたら編みのアッパーは草鞋(わらじ)のようにライン材を用いて足を固定しています。元々昔の人達は地面から足を守るソール部分を足に固定するために、縄や紐を巻き付けて効果的に固定していたのです。まさに履物の原点ともいえます。あらゆる製品が絶えず進化を続けていますが、アシックスストライプの話のように、モノの原点が何だったかを考えてみるのも面白いですし、この視点を忘れずに次の商品開発へ活かしたいです。

―今回、なぜ隈研吾氏を起用したのでしょうか?

アシックスの創業理念は「健全な身体に健全な精神があれかし」です。この先の新しい時代を見据え、私たちはスポーツがこれからのライフスタイルにもたらすものを何らかの形で発信したいと考えていました。隈さんも、建築作品を通して心身が充実するような生活様態を提案しようとされていました。日本を代表する建築家の隈さんにご賛同いただけたこと、そして2020年を迎える今、建築とスポーツというタッグを組めたことにとても感謝しています。

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Photo: Masaru Furuya