運動時における音楽リスニングでは、リズムが最も重要

トレーニングジムなどで、音楽を聴きながらエクササイズに取り組んでいる人の姿をよく目にします。最近ではエクササイズでのリスニングをテーマにしたプレイリストが選曲されるほど、運動における音楽のリスニングが定着してきています。では、実際に運動時の音楽リスニングは、どのような効果をもたらしてくれるのでしょうか。今回は、脳研究者である東京大学薬学部教授・池谷裕二さんに脳科学的見地から運動と音楽の関係についてお話しを伺いました。

音楽には三大要素というものが存在し、それは「リズム・メロディ・ハーモニー」と言われていますが、民族音楽には打楽器だけで成立するメロディとハーモニーが存在しない音楽があります。あらゆる音楽にはリズムが共通している。それを踏まえると、音楽の本質とはリズムだということが言えるでしょう。


私たち人間がこの三大要素のうち、最初の体験として何を感じてきたのかといえば、それはリズムです。実は、人間は生まれた瞬間からリズムを認識しているのですが、一体何をきっかけにリズムを感じてきたのだと思いますか?


その答えは心拍です。つまり私たちが最初に感じるリズムとは、お母さんの心拍なんですね。お腹の中で心拍が聞こえて、はじめてリズムというものを認識する。生まれてから成長していくにつれて、リズムは手足のさまざまな振動などを通じて複雑なものになっていきます。そうやって脳はリズムを理解していき、体の動きはリズム感を形成してゆくのです。


トレッドミル(ランニングマシン)で音楽を聴きながらランニングしているとしましょう。しばらくはある特定のリズムがフィットして走っていきますが、途中で坂道を走るような負荷を加えたりすると、それに応じて走るテンポも変わっていきます。すると、耳から受け取っている音楽のリズムと合わなくなるという現象が起きます。


たとえば、走り幅跳びの選手や走り高跳びの選手が跳躍する前、観客に手拍子を求めようとすることがあります。助走のテンポと手拍子が合えば、本来、あるいはそれ以上の記録を発揮することに繋がりますが、それが合わないと不本意な記録に終わってしまうことがほとんどですから、感受性が豊かな人にとっては、周りにあるリズムは運動のテンポを崩すディストラクター(邪魔もの)になってしまいます。


これを別の言い方で表すと、人は周りのリズムに自らを同期(シンクロ)しようとする生き物なのです。シンクロとは自然の摂理なので、その理不尽さは意地悪しているのではなく、そうなってしまうものなんですね。その意味において、運動時における音楽では、リズムが最も重要だと言えます。

運動時の音楽は自分がシンクロするものを選ぼう

シンクロとは実にユニークな現象です。メトロノームの実験をご存知でしょうか。


2つ以上のメトロノームを吊りヒモやボールなどで支えられた台の上に置き、それぞれが時間差でリズムを刻み始めたとします。異なるタイミングで動き始めたメトロノームのリズムは合うはずがありません。ところが、メトロノームを乗せた台がちょっとずつ左右に揺れていくと、徐々にその動きに引きずられるメトロノームが増えていきます。それにより台の揺れもますます大きくなり、さらに引きずられる。これが繰り返されていくことで揺れる台の上で互いに影響を及ぼしあい、やがてすべてのメトロノームが同期してしまうのです。

もともと持っている周期とは異なる振動を刻み始めて同期する。人も自分の手足に固有のテンポがあるからこそ、リズミカルに歩けたり、走れたりするわけですが、音楽によってそのペースを乱される場合があります。そういった意味でも、運動時の音楽は自分が求めるテンポのものを選んだほうが良いと考えます。


運動時に聴く音楽は録音されたものなので、必ず一定のリズムを刻みます。それ故に、音楽が人に合わせてくれるということはなく、絶対に私たちが音楽に合わせなければならないのです。ですから、いつものペースより速く走りたいという時は、わざと速いテンポの曲を聴いて同期させるという方法もあります。ラストスパートのところで速い音楽が流れていたら、自分のペースも上がりやすい条件が揃うので、理論上はいつも以上の実力が苦労せずに出せることに繋がるかもしれません。

負担の軽減や暗記においても音楽は有効に作用する

ランニングだけでなく、腹筋や腕立て伏せ、ベンチプレスなどの場合でも、運動と音楽の関係は存在します。その典型的な例はラジオ体操です。


音楽を思い浮かべずにラジオ体操第一の三番目の動きを思い出せますか? きっと難しいと思いますが、あの音楽が流れると体が自然と反応しますし、順番も思い出しますよね。このように、音楽は動きを暗記したり、いつもと同じことを繰り返すためにはすごく良いツールになるのです。

運動時の音楽に重要な要素はリズムですが、できれば、それが自分の好きな音楽だとベターです。音楽を聴いていて、良い曲だなと陶酔しているときは報酬系と呼ばれる、心地良いことが起きた時に活性化される脳内のシステムが活動します。「脳内報酬系」という脳の部位には「ドーパミン」という物質が多く存在し、放出されるとワクワクした喜びの感情が生まれます。ですから、好きな曲は何度も聴きたくなり、すなわち常習性が備わるんですね。


こうして報酬系・快楽系の神経が活動することで、本来であれば辛いランニングや腕立て伏せを楽に行うことができるのです。負担の軽減という意味でも、運動における音楽は有効に作用し、長続きさせる効果をもたらしてくれます。


池谷裕二(イケガヤユウジ)

1970年生まれ。東京大学薬学部教授。米国コロンビア大学生物科学講座客員研究員を経て現職。これまで、文部科学大臣表彰若手科学者賞や塚原仲晃記念賞など受賞多数。主な著書に『パパは脳研究者 子どもを育てる脳科学』『進化しすぎた脳』『単純な脳、複雑な「私」』。『情報7days ニュースキャスター』(TBS)のスタジオコメンテーターも務める。


・音楽は運動に効果的?「話題のFEELCYCLEに学ぶ、音楽とひとつになるということ」(後編)


TEXT:Shota Kato PHOTO:Tetsuya Yamakawa  ILLUSTRATION:Saki Obata