自身の記録を超えようと、日々トレーニングに励むランナーにとって、大会の中止や延期が続く現状は歯がゆいもの。そこで、そんなランナーの熱意に応えようと、アシックスとサウルス・ジャパンは、この夏、タイムトライアルレース「META:Time:Trials Japan Series(メタ・タイム・トライアル ジャパンシリーズ)」を開催した。
この市民ランナーのための5000mのタイムトライアルレースは、全国6都市とバーチャルで予選を実施。上位入賞者は決勝大会へと進み、市民ランナーの頂点を競う、トーナメントシリーズだ。
大会開催に至った経緯やレースへの思いを、アシックス担当者の岡田直寛と、サウルス・ジャパン(以下、サウルス)代表の嵜本晃次、大会運営に携わり、M×Kディスタンス(以下M×K)を主宰するTeamM×Kの松本翔に語ってもらった。
市民ランナーにもトラックレースの魅力を感じて欲しい
――最近ようやく少しずつ大会が開催され始め、ランナーのモチベーションも上がってきているように感じます。そのなかでアシックスはなぜタイムトライアルレースを開催しようと思ったのでしょう?
岡田 コロナ禍でマラソン大会が次々と中止になり、私たちが協賛をしていた大会もほとんどが開催されず、2年以上、ランナーの方々と直接コミュニケーションを取る機会がなくなっていました。いっぽうでMETASPEED™+ シリーズの発売など、シューズはコロナ禍でも日々進化をしていました。
「胸を張っておすすめできるシューズはあるけれど、その魅力をランナーのみなさんに直接お届けできない」というジレンマをこの2年ずっと抱えていたんです。
ウィズコロナ時代にどういうコミュニケーション方法を取ればいいのだろうかと悩んでいたときに出会ったのが、嵜本さんと松本さんでした。お2人はコロナ禍でも積極的にイベントを開催されていて、その姿を見ているうちに、私たちも大会が再開されるのを待っているのではなく、仕掛けていくべきじゃないかと考えたのです。
嵜本 レースを開催したいと相談をされたのは2021年でしたよね。
松本 そうでしたね。M×Kは2015年から大会を行っているのですが、コロナ禍になってから参加者が増えたんです。「ランナーは大会を求めています、ぜひ一緒にやりましょう!」と岡田さんにお伝えして、参加レベルや開催方法など、いろいろな意見交換をしていきました。
嵜本 そのなかで岡田さんが5000mのタイムトライアルを発案してくださったんです。実は僕もマラソンしか走ったことがなくて、トラック競技に関しては本当に素人です。
僕自身もそうですが、シリアスランナー(※)で、陸上部出身の方というのは意外と少なくて、「大人になってから健康維持やダイエットのために走り始めた」というケースが多いんです。そういうランナーにとって、トラックレースは「知っているけれど、出たことはない」という存在。実際、今回の大会には僕の仲間も多く参加しましたが、半数以上がトラック未経験者でした。
※シリアスランナー……スピードを追求し、自己記録更新を目指す市民ランナー。
松本 僕はずっと陸上をやってきたこともあり、トラックがある環境は当たり前でした。その点で嵜本さんのお話は新鮮でした。陸上の良いところは、自分の努力が数値化できるところだと思っていて、その成長を感じやすいのが「タイムトライアル」なんです。トラックという限られた空間で、ペースメーカーに先導されながら自己ベスト更新を目指すというので、大会自体もすごく盛り上がります。
嵜本 今回、一緒に大会を作っていくなかで、僕自身とても勉強になりましたし、新しい楽しみも知ることができました。
目指したのは「大人のインターハイ」
――今大会の参加資格は5000mのタイムが25分以内と、レベルが高いですよね。
岡田 それについては、最初は不安もありました。シリアスランナーは全体のランナー人口分布では本当にわずかなので、そこまで条件を絞って参加者が集まるのだろうかと。ただ、M×Kは参加条件を絞っていても、毎回400~500人も参加者を集めている。
松本 参加条件を明確にしたほうが、自己ベストを狙うランナーにとっては目標がわかりやすいというメリットがあるんです。
岡田 それとサウルスさんの練習会もそうなのですが、普段は社会人として仕事をしている方々が、週末や平日の夜に必死にがんばっている姿が衝撃だったんです。シリアスランナーは、プロではないけれど、プロのようなマインドを持っているんだと実感しました。みなさんシューズやギアへのこだわりもとても強くて、ご自身が良いと思えば、新しい商品やブランドも取り入れてくださる。これまで私たちは商品を作っているだけで、彼らが商品を本気で体験できる場を提供できていなかったと気づかされました。また、昔と違って、シリアスランナーの影響力がすごく大きいということにも驚きました。市民ランナーの中でシリアスランナーがカリスマ化しているんです。
松本 M×Kではフルマラソンのタイムが2時間20分前後のランナーにペースメイクをしてもらうのですが、サブ3の方は彼らを目標についてきて、サブ3.5の方はサブ3についてきて……とすべてのランナーがつながっていて、皆さん自分より少し上のタイプのランナーをお手本にしています。だから、シリアスランナーの方が発信する情報の波及効果はすごいですよね。嵜本さんも上手に発信されていて、その影響力はすごいです。
岡田 お2人とは「大人が本気で勝負をする“大人のインターハイ”みたいにしたいね」と話していて。最終的には1,304名ものランナーにご参加いただきました。
嵜本 今回、運営上の都合で夏の開催だったのですが、それもインターハイっぽかったですよね(笑)。
松本 でも「暑かった」という意見はやっぱり聞こえましたね(笑)。ただ、フルマラソンをターゲットレースにしている陸上選手は、春夏はトラックで走り込んでスピードを磨き、秋冬のフルマラソンに臨んでいます。タイムを狙う市民ランナーの方にもそういうサイクルが根付くといいなと思っています。
岡田 トラックレースはロードとは違い、同じぐらいの実力、目標を持つランナーが同じ組で一斉に走るので、PB(Personal Bestの略。自己記録)を更新できる確率が上がります。暑いなかでタイムを目指してがんばるというのが、ランナーの夏の風物詩になればいいですよね(笑)。
話題のシューズを履いて記録に挑戦できる魅力も
――徐々にマラソン大会も再開してきているなかで、ほかの大会との差別化は意識しましたか?
嵜本 僕が一番良かったと思うのは、全国規模で予選を開催できたことです。
岡田 これまでのイベントやサービスは、どうしても首都圏集中型になってしまい、全国に広められないという課題があって。全国各地にコミュニティを作られているサウルスさんの活動は、とても参考になりました。
嵜本 1つの大会ではなく、全国レベルでランキングを見られるのも面白かったし、参加者にとってもメリットがありましたよね。
松本 東京は参加者が多いので、当然レベルも高くなるのですが、意外に岡山大会のレベルが高かったり、長野から愛知まで遠征するランナーがいたり、いろいろな発見がありましたよね。
嵜本 岡山で記録を残せなくて、大阪でリベンジを果たした方もいましたよね。記録を狙っているランナーがいかに本気なのかわかりました。
岡田 同じ条件で走って誰が速いかを決められる、市民ランナーの大会にしたいと思っていたので、その感想はうれしいですね。また、今回は「エイジグレード制」の順位も発表しました。これはワールドアスレチックス(世界陸連)が認定している、年齢や性別ごとの世界記録に対して、個人の達成度合いをパーセンテージで表したものです。このパーセンテージをもとにランキング化して、表彰項目のひとつとしました。
ただ「トラックで速い人」を決める大会ではなく、全てのシリアスランナーのPB更新を後押しできるような要素を入れて、みんなで一緒にがんばろうという空気感を作りかったんです。
嵜本 あと、会場で最新モデルをレースで試し履きできるようにしてもらったのですが、喜んでいた方が多かったですね。「話題のシューズを履いて記録に挑戦したい」という想いをかなえていただいたアシックスの岡田さんには感謝しています。
松本 アシックス主催の大会でしたので、普段のレースにはないものを僕自身も期待していました。会場の装飾はもちろんですし、高橋尚子さんや野口みずきさん、有森裕子さんなどのレジェンドがゲストMCを務めるなど、想像以上に特別感のある大会で。アシックスが主催だからこそできる大会だと感じました。
市民ランナーが、真剣に挑める機会を提供したい
――タイムトライアルレースで賞品が出るというのも珍しいですよね。
岡田 決勝の優勝者にはアシックスのオンラインショップで使えるポイント10万円分や、METASPEED™+ シリーズの新作、サウルスの年間アンバサダー契約やサプリメントなどが贈られます。
松本 物だけでなく、アシックスが協賛する国内外のマラソン大会の出走権や、サウルスの合宿参加権などの体験が贈られるのも良いですよね。
岡田 学生ではなく大人だからこそ、真剣に挑める次のきっかけを賞として贈ることで、ランナーの方のモチベーションを維持できるサイクルを作れたら良いなと考えています。
――今年が初開催となったわけですが、今後の展望を教えてください。
岡田 次の開催は未定ですが、全国どこでも同じような体験ができる活動は今後ももっと広げていきたいと思っています。ただ、アシックスだけで実現できることではありませんから、お二方をはじめ、いろいろな方々のお力添えが必要だなと感じています。
嵜本 こちらもとても勉強になりました。もし次も一緒にできるなら、ロケーションがとてもいい場所で10kmレース一本勝負とかやりたいですよね。「この道10kmも押さえられるなんてやっぱりアシックスはすごい!」と思われるようなルートを確保したら、世界中のランナーが参加したいと思うはずです。
松本 特別感のあるロードレースはやりたいですね!
嵜本 もちろんトラックレースも楽しかったので、この大会は継続しつつ(笑)。
岡田 今回は1回目ということもあって、決勝大会は東京で行うことになりましたが、今後は、今年は北海道、来年は大阪、と全国を、回れたらいいなと考えています。いろいろやりたいことがあって、夢は広がるばかりですが、いずれにしてもランナーの皆さんのご期待に添える体験を提供できるようにがんばりたいと思います。
Photo:Tetsuya Fujimaki
TEXT:Junko Hayashida(MO'O)