できないことができるようになることと、してはいけないことは本当にしてはいけないのかについて

自己ベストの短縮方法や理想のフォーム探し、心構えなど、運動について追求し始めると、その答えは人から教えられることも多いですが、本の中にもたくさんのきっかけがあります。一冊の本との出会いが、運動に興味を抱かせ、運動を始めたり探求したりするためのきっかけにもなります。さらには読書で学んだことが運動に直結することもある。その意味において、幅広い読書が運動の役に立つと言えるでしょう。


そんなスポーツの時間をもっと充実させる本を、書店関係者やブックコーディネーターといった、その道のプロフェッショナルが独自の視点から紹介。第3回目はブックディレクター、エディターとして活躍するgood and sonの山口博之さんによる選書です。

2004年より旅の本屋「BOOK 246」に勤務し、2006年からは選書集団BACHに参加。2016年に独立し、ブックディレクションをはじめブランドや広告のクリエイティブディレクションなども手がけ、14年以上も本のある場所に居続けながら、幅広い活動を繰り広げています。


山口さんの選書テーマは「できないことができるようになることと、してはいけないことは本当にしてはいけないのかについて」。今回セレクトした3冊は、タレント武井壮さんの「頭で思い描いているプレーがなぜできないのか」という話から着想を得たといいます。


「武井さんはその理由を、何の意識や努力もなしに自分の体を頭で思い描いたように操作することが実は難しいからであると考え、自分の思考と身体運動を1対1で結びつけることから始めるということに気づくのです。それによって武井さんは陸上の11種競技という様々な種目をこなす競技で成功しました。思うように体を動かせれば、どんなスポーツでも結果がついてくるということですが、それでも武井さんは世界レベルまではいっていません。その後、彼はスポーツの世界からルールのない(空想の)動物異種格闘へと世界を広げます」と語る山口さん。運動を題材にした選書は、多岐にわたる切り口で本と向き合ってきたからこその深みのある内容となりました。

時速250kmのシャトルが見える

時速250kmのシャトルが見える
佐々木正人
光文社(2008年)

環境が人間(動物)に対して与える意味のことをアフォーダンスと言います。コップについた取っ手が、“持つ”という動作/行為をアフォード(与えて)する、という具合です。この本では、アフォーダンスを研究する佐々木正人さんが、オリンピッククラスのアスリートに、鍛えられた身体と経験を通して環境からいかなるアフォーダンスを得てプレーしているのかをインタビューしています。バドミントンや卓球は相手の視線や足やラケットの向き、打つ音、会場の空気の質などから、ラリーをする際の情報を得ているそう。情報の瞬間的な獲得と分析、つまり認識と行動の解像度と精度の高さに、真のアスリートへの驚きと憧れを抱かずにいられません。

メンバーチェンジの思想

メンバーチェンジの思想
中村敏雄
平凡社(1994年/版元品切)

スポーツはプレー以前から事細かにルールがあります。そうしたルールはそのスポーツの始まりまで遡ると、まったく違うものであることもあるし、なぜそうなったのかよくわからないものもあります。元々一緒だったラグビーとサッカーはなぜボールが球形と楕円形で違うのか、テニスやバレーのネットはなぜあの高さなのか、フィールドの内外を分けるラインの成り立ちと本質とは何か。著者は、そうしたルールがどういった過程で出来上がったのか、文化として読み解いていきます。普段の私たちはルールを決まったものとして受け入れていますが、例えばルールがメディアや商業主義的な都合から生まれたものであるなら、自分たちのローカルルールで競技ではなく競戯として楽しむこともありなんだと、スポーツの奥行きが味わえます。

長島茂雄語録

長島茂雄語録
小林信也 編
シンコーミュージック(1983年)

スポーツをする人で長島茂雄(本のタイトルにならって島で、かつ敬称略)を知らない人はほとんどいないだろうけれど、若い世代には病気復帰後の長島しか知らない人もいるはずです。王貞治などとの比較で、記録よりも記憶に残る男として紹介されることも多い長島ですが、記憶はどうしても薄れてしまいます。そんな時、ぜひこの本を開いてみてほしいのです。長島茂雄にとって何かができるようになるということのうちには、かっこよく三振するということまで含んでいました。野球選手にとってしたくない三振。でもどうしてもしてしまう三振。そのために長島はこう言うのです。「ぼくね、いかにヘルメットをかっこよく飛ばすか、鏡の前で練習したんです」。そんな人のプレーを忘れられるはずがありません。


山口博之

ブックディレクター/エディター。1981年仙台市生まれ。立教大学文学部卒業。大学在学中の雑誌「流行通信」編集部でのアルバイトを経て、2004年から旅の本屋「BOOK246」に勤務。06年、選書集団BACHに入社し、16年に独立。good and sonを立ち上げる。ショップから病院、個人邸まで様々な施設のブックディレクションをはじめ、各種編集、執筆、企画などを行ない、ブランドや広告のクリエイティブディレクション、コピーライティングも手がける。
https://www.goodandson.com



Text:Shota Kato