登山道や林道などの不整地を走るスポーツとして近年、ランニングの人気に後押しされるように注目を集めつつあるトレイルラン。日本でもまだ数少ないプロのトレイルランナーとして国内外のレースに出場する荒木宏太選手が語った、過酷さの裏に秘めたトレイルランならではの魅力とは。

駅伝選手からトレイルランナーへと転向

学生のころよりマラソンに打ち込んできた荒木選手。大学では箱根駅伝をはじめとした3大駅伝に出場し、マラソンランナーとして実績を積んできたのだが、トレイルランナーへと転向するきっかけとなったのは、大学卒業後に入隊した自衛隊での出来事だった。

「2007年に自衛隊の仕事をしていて、そのなかの活動の一貫として、かなり過酷と言われる『富士登山駅伝』に出場するというものがありました。所属していた部隊は負けが許されない厳しい環境で、その訓練のなかで未舗装の登山道を走ったり林道を走ったりと、いまで言うトレイルランをする状況があったんです。その後、自衛隊から日本郵政に転職して、トレイルランのレースに出てみたらなんと優勝。そこで、こういう方向性もあるのかと次第にトレイルランの魅力に惹かれていき、地元でもトレイルランの文化を広めたいと、熊本へ戻って本格的にトレイルランナーとしての活動をスタートしました」

荒木選手

荒木選手を惹きつけたトレイルランの魅力

山の中の不整地を走るトレイルランと、舗装されたアスファルトの上を走るマラソン。その両者にはほかにもさまざま違いがあるという。

「マラソンは誰よりも早く先にゴールすることが大命題ですが、トレイルランは自分の力がどこまで通用するのか、自然を相手に挑戦していくところがあります。さらには景色の美しさとコースの多様さもトレイルランならではの醍醐味で、コースは事前にチェックせずにぶっつけ本番で挑むんです。岩場だったり、沢だったり、林道だったりと瞬間瞬間で出会う自然のコースをどう攻略していくかがすごくおもしろいんです」

荒木選手

さらなる違いはランナー同士の関係性にもあらわれる。完走することが当たり前になっているマラソンに対して、トレイルランは完走率数%という過酷なレースも存在。もちろん互いに順位を競うライバルでありながらも、そうした厳しい環境をクリアしたという仲間意識が芽生え、ゴールしたあとは順位関係なく選手同士でその努力を称え合う文化があるのだ。

加えて「応援」にもトレイルランならではの文化がある。大きなマラソンのレースともなると沿道には数千人、数万人規模の応援者が集まるが、山の中が舞台となるトレイルランではその数は圧倒的に少なくなる。しかし、ときには1000m以上の高さまで登ってきて応援する人もいるようで、荒木氏も「たったひとりの応援が大きな力になる」と話す。

あらゆる環境に対応するために欠かせない身体づくり

大自然を相手に注意しなければならないのが怪我の存在だ。かつて荒木選手がマラソンシューズでレースに参加した際に、岩場で足を滑らせて大腿の筋肉を損傷した経験があったりと、そうした事故はプロでも少なくないという。

「多様に変化する不整地だからこそ、対応したシューズが必要なのだと気づきました。とくに急な下りともなると落ちるように猛スピードで駆け抜けていき、ときには障害物を避けるためにジャンプすることもあります。そうしたときに転倒しないよう、グリップ力が高く、横滑りしにくいシューズであることが大切です。僕は学生のころからASICSのシューズを愛用していることもあって、いま使っているものもばっちりフィットしていますね」

荒木選手

ギアを最適なもので揃えたところで次にトレイルランナーに欠かせないものは、あらゆる地形でも走破できる、圧倒的な持久力だ。荒木選手は不整地とロードの両方をひたすら走り込んで身体を作っていくのだが、その理由にはそれぞれ使う筋肉の違いがある。

トレイルランは登山のように脚が腰の位置までくることもあり、不整地を週に1度走り、脚を引き上げるためのハムストリングスを鍛えていく。ただそれだけでは地面を蹴り上げる力が弱くなってしまうため、舗装されたロードも毎日15km〜20kmほど走り込み、バランスを見ながら調整を加えていく。ただ、荒木選手には監督やコーチがついていないため、そうしたトレーニングのメニュー開発やデータの研究は自身で行い、最適な練習方法を探っていくのだという。

過酷を極める世界のレース

これまで荒木選手が参加したレースのなかでずば抜けて過酷だったと語るレースは「ASICS Outrun The Sun」。これはアシックスと契約を結ぶ、日本、アメリカ、ヨーロッパのアスリートが6人2つのチームにわかれ、ヨーロッパアルプスの最高峰モンブランを舞台に、全長162kmを日の出から日没までのあいだに完走するというもの。過酷なレースとたらしめているのはその累計標高差にあり、アップダウンを繰り返して9600mもの標高差を走り抜けるのだ。

「僕が最初に走った区間は、20kmのあいだに500m登ってまた500m下って、今度は1000m登るというコースでした。累計標高差にして1kmあたりおよそ100m。日本で最も過酷とされる「ハセツネ(日本山岳耐久レース)」が1kmあたり70mほどと考えると、とてつもなくつらいコースでしたね」

荒木選手

そんな荒木選手がいま目指しているのは、トレイル世界選手権とハセツネの3位以内の入賞だ。今年の世界選手権では12位と悔しい結果に終わってしまったものの、昨年の40位からは大きく順位を伸ばし、大健闘を果たした。日本全体の実力を見ると着実に力をつけ、年々好成績を残し始めている。

「とくに海外だと環境も大きく違うので慣れるまでに時間がかかりましたが、いまではその調整もうまくいくようになってきました。今後さらに実力をつけて日本勢も強いんだというところを世界にアピールしていきたいですね」

荒木宏太(アラキコウタ)

1984年、熊本県生まれ。大学駅伝強豪校の山梨学院大学の選手として三大駅伝に出場。
その後、陸上自衛隊、日本郵政を経て、2013年に舞台を地元熊本に移し、トレイルランナーとして活動をはじめる。2013年には、ヨーロッパアルプス最高峰の「モンブラン」を舞台にした独自のトレイルランニング企画「ASICS Outrun The Sun」の日本代表として出場。2016年、「日本山岳耐久レース」3位。2018年には「トレイル世界選手権」に出場し、昨年から大きく順位を伸ばし見事12位を飾る。

TEXT : Keisuke Tajiri
PHOTO::Masayo Momijiya