過酷な練習に裏打ちされた、2つの日本新記録

今シーズン、競泳界に2つの日本新記録が誕生した。ひとつめは50m自由形の21秒87で、もうひとつが100m自由形の47秒87。これはひとりのスプリンター、中村克選手が打ち立てたもので、日本の男子競泳の歴史が動いた驚くべき快挙だ。中村選手の強さの秘密はどこあるのか。才能だけではない、隠された努力の蓄積があった。


トレーニングをするうえでコーチの存在は不可欠。2017年に新しいコーチを探していた中村選手は、とある巡り合わせで米川琢氏に依頼することになるのだが、この人物は、長いあいだ中村選手と同じ種目で競い合っていたふたつ年上の元選手。良きライバルであり仲のよい関係だった米川氏は中村選手の強みも弱みも知っている人物だ。

中村選手

その方法はシンプルで、中村選手の趣味でもあるという、海外のトレーニング動画を見ているなかで、「カッコイイ」と感じたものを試すようにしているという。しかし水泳に活きるかどうかはわからないため、まずはチャレンジ。効果が出ればそのまま続け、違うと感じたらやり方を変えいく。こうしたトライ&エラーを繰り返していった結果、いま取り組んでいるのがボクシングとラダートレーニングだ。


「ボクシングは水泳の練習として役立つと言われていたんですが、ラダーはたぶん他の選手はやっていないと思います。というのも、水泳のキックはあまり重要視されないんですが、僕にとっては武器として使っているので、ペースコントロールするうえで役に立っていますね」


陸上に加え、水中での練習メニューも中村選手ならでは。短距離の選手は長距離を泳ぐことはあまりないのだが、中村選手は中距離の選手も驚くほどの練習量をこなすという。


「1回のスイムで5,000mほど泳ぎます。そのなかでも流すことはせずに、レースの局面に応じて必要なスピードでみっちりとトレーニングします。これを1日2セット、週6回なのでかなりきついんですが、中距離の選手たちにも負けないくらい持久力はつきました。ここに2日間のウエイトトレーニングが入るので、月曜日から土曜日までトレーニング漬けの日々ですね」


陸上と水中、その過酷なトレーニングでシーズン序盤から好成績を収めていくのだが、「実はASICSの水着も記録の手助けになっているんです」と中村選手。


「今年からASICSの水着を着用することになりましたが、いままでで一番自分の身体にマッチしています。練習水着はレースのものとは違うんですが、練習の動きをレースでもやりたい。本来は多少動きが制限されてしまうんですが、ASICSの水着はそんなことなく、むしろより自分の良い所を引き出してくれるんです。実際に変えてからすぐ記録も更新しましたし、ここまで違いがでるのかとびっくりしています」

中村選手
© PICSPORT

日本の競泳を世界水準へ、中村選手のかける思いとは


もともと日本人はその体格から男子100m自由形において、世界の舞台で打ち勝つことはできないと言われていた。事実、1976年のモントリオール五輪でアメリカ人選手が初めて50秒台を切る49.99秒の記録したのだが、日本人が50秒台を切ったのはここから29年後となる2005年のこと。そのときにはすでに世界は47秒台に突入している。そう考えると中村選手が打ち立てた47秒87という世界最高水準の記録は、日本の競泳界おいてどれほど大きな出来事であるかわかるだろう。これまで不可能とされていた100m自由形のメダルが現実のものとして、その輪郭を捉え始めてきているのだ。


しかしこことでひとつの疑問が浮かぶ。なぜ、日本では誰も挑戦してこなかった(正確には、諦めざるを得なかった)、短距離自由形を中村選手は選んだのかということ。


「答えはすごく単純です。競泳はタイムを競うものなので、一番速ければ勝てるし、一番速い人はカッコイイんです。そのなかでも世界最速を決めるのが、100m自由形。だからそこでトップを獲りたいなと。あとは無理と言われ続けてきたからこそ、『お前ら見とけよ』って反骨心で頑張っているというところもあります(笑)」

中村選手
© PICSPORT

さらに、自身の記録への挑戦だけでなく、日本の競泳界の未来を見据えた中村選手の展望があった。


「陸上の花形種目が100m走であるように、水泳の花形種目も100m自由形です。そこで活躍すると”水泳が強い国”と世界が認めるほどで、そこに日本が加わることができれば水泳界は大きく盛り上がるでしょう。これまで、短距離をやっていたジュニアの子たちも200mに変更して、800mのリレーでメダル取りに行く、なんてことも少なくなかった。ですが、これではいつまでも世界のトップにはなれません。100mで戦って世界のトップに立ってほしい。そうなるためには大人が結果を示さないといけないので、僕が挑戦するしかない。そして、やるからには一番にならなければいけないんです」


中村選手から発せられる言葉からは“願望”ではなく、揺るぎない“信念”として強い思いを感じる。その発言に迷いや疑いがないのも、納得できるだけの練習を積み重ねてきたからだろう。これまで短距離に挑戦してきた選手がいたなかで、中村選手がその夢に限りなく近いところにいるその違いについてたずねると、「“達成したい”ではなく、“達成する”と思えるかの違いかもしれません」と中村選手は語る。


「僕も昔は、こうなったらいいなと漠然とした目標しかなかったときもありました。けれど今は、『絶対にそうなる』と決めています。すると、達成するために必要なものが自然と見えてきて、それがかなり過酷な練習だったりするわけですが、それでも折れないほどの強い信念を持ち続けていられるか。結果を出せるかどうかは、そこ差なのかもしれませんね」


日本人には到達できないといわれていた短距離自由形のメダル獲得に向けて、一歩一歩、着実に歩みを進める中村選手。今シーズンも終わったばかりだが、早くもその意識は未来を見据える。


「来年は世界選手権があります。オリンピック前の最後の世界大会になるので、しっかり成果を残したい。男子は100m自由形ではもう何十年も決勝に残ったことがないので、まずは決勝に残りたいですね。そこで自己記録で泳ぐことができれば3位以内の入賞は射程圏内です。そして2020年では確実にメダルを狙いにいきます。その目標を達成するためにはきつい事、辛いことは避けて通れないので、ひたすら練習を重ねていくだけですね」

中村選手

中村克(なかむら・かつみ)

1994年生まれ。インターハイでは50m自由形で2連覇を果たし、2012年に早稲田大学に進学すると、学生選手権で50m自由形と100m自由形で2冠を達成。2015年のジャパンオープンでは100m自由形で48秒41の日本新記録を樹立。 2016年の日本選手権において100m自由形で自身の日本新記録を更新する48秒25で優勝。リオオリンピックで4×100mリレーで、日本人初となる47秒台の新記録を打ち立てる。2018年、50m自由形で21秒87、100m自由形で47秒87とふたつの日本記録を更新した。


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TEXT : Keisuke Tajiri
PHOTO : Keisuke Nishitani