部活動やスイミングスクールなど、競技として水泳に取り組む誰しもに共通するであろう「よりタイムを縮めるにはどうすべきか」という悩み。その悩みを解決するために、競泳選手をサポートする“ギア”である水着開発に携わり、国内外のトップスイマーの泳ぎを観察している2名の専門家に、より速く泳ぐコツを尋ねました。トップスイマーにはあって、初心者には不足しがちな“あること”に対する意識とは。

<目次>

トップスイマーとアマチュアの違いは“水の抵抗”に対する意識

どんなスイマーにも共通する「もっと速く泳ぎたい」という思い。ストロークの角度を微調整する、キックの強度を高めてみるなど、自分の泳法を見直してさまざまな工夫をしているにも関わらず、タイムが伸び悩んでいる。一方、世界を舞台にしのぎを削るトップスイマーたちは、日々自らの泳ぎを向上させています。彼らトップスイマーとアマチュアをわけるものは一体何なのでしょう?

「まず、前提として、水中における推進力すなわち“前に進むパワー”を生み出すためには、スイマー自身の動きが大切です。ただし大きく動けば動くほど水の抵抗が生まれてしまいます。抵抗を減らすことに対する意識が、つい薄れてしまう方が多いのかもしれません」と語るのは、アシックス スポーツ工学研究所で競泳水着の機能開発を担当している角奈那子さん。

水中の姿勢は、水の抵抗に大きく影響を与えます。肩や体幹の高い柔軟性、安定した姿勢を保持する筋力がベースとして必要です。更に、これらを活かして、低抵抗な姿勢を実現するための身体の使い方を身に付けることが大切になります。そのためのトレーニングが重要なのは、言わずもがなです。

世界トップレベルのスイマーとアマチュアにおけるスピードの差を生み出すものは結局何か。基礎中の基礎ではありますが、“抵抗を小さくする”ための意識や技術の差であると、角さんは分析します。

抵抗力を抑える理想的な姿勢、「ストリームライン」とは

「トップスイマーの水の抵抗を減らすためのこだわりから、初心者が学べることは多々あります」と、自身も水泳を習慣とする開発担当の藤田真成さん。

「トップレベルのパフォーマンスを分析し、また基礎研究を進める中であらためて気づくのは、トップスイマーは抵抗が小さい“ストリームライン(水平姿勢)”を常にキープできているということ。さらに、水平だけでなく、真上から見ても細長い流線型の姿勢を常に維持できています。それは筋肉量など身体的なアドバンテージによるものも大きいのですが、初心者やアマチュアに多くみられる姿勢の乱れは、水の抵抗を増大させる原因の1つです。

たとえば、反り腰の姿勢や、両脚が開いたり落ちた状態になると進行方向からみたときの投影面積が大きくなって水の抵抗を受けやすくなるため推進力が阻害されます。当然、姿勢の乱れによるタイムへの影響は距離が伸びるほど顕著になります。

ただ自分も水泳をしている身として、ストリームラインを保つという基礎を忠実に実行するのは、実際なかなか難しいんですよ。できるだけ細長い姿勢を保とうとしながら、ストロークやキック動作を行う必要があるため、静と動を同時に行う時に余計な力みが生まれ姿勢が崩れやすい。細長い姿勢をキープするには、前提として体幹を鍛えることが重要です」(藤田さん)。

投影面積の比較
推進力が同じで姿勢が違えば抵抗の差が優劣をわける

正しい姿勢をサポートする“ギア”選びの重要性とは

当然ながら、筋力や柔軟性は一朝一夕で強化できるものではありません。ただしそれはアマチュアに限らずトップスイマーにも言えること。そこで、さらにお話をうかがったところ、トップスイマーたちが行っている基礎練習やトレーニング以外にもストリームラインを保つためのアプローチが浮き彫りになりました。

「実は、自身のパフォーマンスを磨くと同時に、ストリームラインを保つサポート機能を備えた水着を着用しているトップスイマーが大半です。水着は選手にとって戦うための数少ないギアですから、他の競技のアスリート以上に、競泳選手は水着に機能を求めている方が多い印象です」(藤田さん)。

競泳選手は水着に機能を求めている方が多い印象です

今トップスイマーが水着にもとめているものとは

低抵抗性や動きやすさ、フィット感、ホールド感など、トップスイマーの水着選びにおけるチェックポイントは多岐にわたります。中でもここ2〜3年でトップスイマーが水着に求める機能は、より高度になりつつあるのだとか。

「2000年代にはとにかくホールド感を強めて、ストリームラインの維持に特化したタイプの水着がトレンドでした。ただ、アシックスでは姿勢維持に大切な高いホールド性によって動きを制限するばかりではなく、トップスイマーたちからの声と研究成果をもとに可動性との両立を目指して開発を続けてきました。16年頃からは我々が提案してきたようなタイプの水着が主流になりつつあります」(藤田さん)。

その背景には、レースと練習で別の水着を使い分けるトップスイマーたちが、そのギャップをできるだけ減らし、練習の成果を本番で存分に発揮することを重視しているのではないかと、藤田さんは分析します。

トレンドを踏まえて、ASICSの人気シリーズ「トップインパクトライン」でも新しいモデルが生まれました。新モデルでは2018年モデルより低抵抗な素材を採用し、低抵抗な姿勢を保ちやすいようにインナー構造を工夫しています。また、体幹部と脇部で異なる素材を配置することで、可動性を高めています。

練習用の水着に近くてよりソフトな着心地の「ライオグライド II プラス(写真左)」とホールド力が高めな「ライオストリーム II プラス(写真右)」、という着心地の異なる2タイプが揃います。動きやすさを求めて「ライオグライド II プラス」、よりサポート感を求めるなら「ライオストリーム II プラス」など、スイマー自身がレースに求めるパフォーマンスに合わせて選ばれているそうです。

ライオグライドプラスとライオストリートプラス
ライオグライド II プラス(左)、ライオストリーム II プラス(右)

「スイマーがスタート台に立つ時に“これで練習の成果が全部発揮できるはず”と思えるかどうかが、すごく重要だと個人的に思います。納得のいくパフォーマンスができるような、スイマーに一番信頼してもらえる水着を作りたいというのが、開発に携わる我々の一番の願いです」(藤田さん)。

ストリームラインを保つための基本的なパフォーマンスを磨くには、日々の練習が大前提。しかし、科学的根拠にもとづき研究を重ねてきた専門家が選手からの要望を反映することによって生み出された水着を活用することで、理想の姿勢を保ち、タイムを短縮するためのサポートをすることができます。競技者として水泳に取り組むのであれば、ギア選びを工夫してみるのも一案です。

TEXT:Nao Kadokami